「シド……王子って、この里の王子様ってことです……よね?」
くらくらする頭で何とか絞り出した問い。聞き間違いでなければ、トオンはシド“王子”と言っていた。ひと違いか? いいや、助けてくれたのは確かにシドだった。しかしシドは自分のことを王子とは言っていなかった。
ナマエの言葉に、トオンは誰が見ても分かるくらい目を輝かせた。もはやそれが答えのようなものだ。そして、大きく頷いて、熱心に説明してくれた。
「そうだよ! ドレファン王様のご子息で、英傑ミファー様の弟で、この里の王子様! すっごいイケてるよね。あまりにカッコ良すぎるから、シド王子親衛隊もあって、あたしもそのうちのひとりなんだよ!」
さらには親衛隊まであるとは。トオンの興奮の具合を見ていると、先ほどあった嫌な出来事が、まるで遠い昔の出来事のように感じた。ナマエの中では結構な大きさの事件と言っても遜色ない出来事だったのに、“今はどうでもいい出来事”に分類されている。そういう意味では有難いことだ。
ナマエはなんとか相槌を絞り出す。
「そうだったんですね」
「ナマエちゃんもシド王子のファンになっちゃったら、いつでも入隊してね」
「はい……その、その時はトオンさんに相談しますね」
「ウンウン! シド王子のカッコ良さはみんなで共有しないとね! あたしがシド王子と初めて喋ったときはね……」
そこからトオンによる、シド王子がいかに素晴らしいかという話を身振り手振りを交えてしてくれた。それに対して、殆んど上の空で聞いてしまったが、最終的にトオンはとてもスッキリした顔で、空のマグカップを持って帰っていった。
そうして静寂に包まれたナマエは、頭を抱えて呻き声のようなものをあげる。
どうしよう、友達だと思って接していたゾーラ族が、実はこの里の王子だったなんて。これまでの自分のひとつひとつの言動を顧みて、その不敬さに恐れ慄いた。
あろうことか、王子に友達になろうと持ちかけて、呼び捨てにし、怪我した自分を背負わせて、魚を持ってきてもらい……少し考えただけでもぽんぽんと出てくる不敬エピソード。不敬が過ぎる。顔が引き攣るのを感じた。
シドはどんなつもりでナマエに接してきたのだろうか、どうして王子だと言ってくれなかったのだろうか。ナマエには理解できなかった。
そんな悩むナマエのもとに再び来訪者がやってきた。資材庫のドアが開いて、そこから現れたのは師匠のロスーリだ。反射的に腰を浮かせたナマエを手で制して、ロスーリはスツールに腰掛け、重々しく口を開いた。
「話は聞いた。……もう、ミファー様の像を磨かなくていいゾラ」
師匠の言葉に、ナマエは幾分冷静になってから思案していたことを思い返す。里から帰りたいとも思った。もう全てを投げ出したいとも思った。それでも冷静になれば、やっぱり何一つやめたくなかった。
「……いえ。そもそもわたしが好きでやっていたことです。だから続けたいなと思っています。でももしも、お師匠様に不都合があるのならば、勿論やめます」
例えば師匠のもとに苦情が入っているとか、そもそも師匠もハイリア人がミファー像に触れるところを見たくないとか、そういうことならばすぐにでもやめたいと思っていた。
師の目を真っ直ぐに見据えて言うと、やがてロスーリは視線を落としてひとつ息をつき、
「不都合なんて、あるわけないゾラ」
と言った。ひとまずホッとしつつも、ナマエはずっと聞きたかったけれど躊躇っていたことを、このタイミングで聞いてしまおうと思った。
「お師匠様は……ハイリア人が嫌いではないのですか」
嫌いだと言われてしまえば、言われる前の自分には戻れない。師匠は本当はハイリア人が嫌いなのに、無理をして受け入れてくれているんだと卑屈になってしまいそうで、ずっと気になってはいたものの、聞けずにいた。けれど今のこのタイミングならなんとなく受け入れられる気がした。
「……お主の祖父からは何も聞いていないか」
「はい」
質問には答えず、逆に質問を投げかけられたので、ナマエは頷いた。師匠の表情はいつも通り感情を読み取れない無表情だ。暫く沈黙したのち、口を開いた。
「正直に言えば、ワシもハイリア人は好かんゾラ。ミファー様を奪ったのはハイリア人。その認識は拭えぬ」
その答えを想定していたと言えど、やはり胸が深く痛んだ。ナマエは何も口を挟まず、ロスーリの口から紡がれる続きの言葉を待った。
「だが、お主の祖父とワシは友人ゾラ。あやつのことはハイリア人という括りで見ていない。そしてその孫であるお主のことも」
マルートやシドがひとりの個人としてナマエに接してくれているように、ロスーリにとっても祖父はひとりの個人なんだろう。この修行を受け入れてくれたことの重さを、本当の意味で実感できた気がする。ナマエは「ありがとうございます」と小さく礼を述べて、続ける。
「おじいちゃんに彫金技術を教えてくれたのは、師匠なんですよね」
「ウム。……その逆で、ワシに彫刻技術を教えたのはお主の祖父ゾラ」
「そうなんですか?」
その話は初耳だった。ナマエが特に聞かなかったからかもしれないが、百年前に、祖父がロスーリから彫金技術を教わって彫金師としての今があると聞いていたが、それだけだった。もしや、と頭に浮かんだ可能性を気がつけば口にしていた。
「ではミファー様の像は……」
「如何にも。いい機会だ、その話をするゾラ」
―――遡ること百年と少し。ハイラル王家の伝統文化視察隊として里にやってきたのが、当時のハイラル王家専属彫刻師だったナマエの祖父だった。その名の通り他種族の文化を視察するのが目的の使節で、文化、歴史等それぞれの分野のスペシャリストが派遣されていたが、祖父は建築を担当していた。建築と彫刻はとても親和性が高く、祖父は彫像をメインにしつつも、建築物に装飾を施す建築彫刻も嗜んでいた。
そんな祖父に対して、ロスーリが建築担当として、祖父の面倒を見ることになったのが知り合ったきっかけだった。そこで親しくなり、馬が合った二人は、打ち解けるのに時間はかからなかった。
それからも王家の視察ではなく、個人としてゾーの里に訪れるようになり、ロスーリとも親交を深めていった。寝食も忘れて作品を作ったこともあったし、朝まで里やハイラル城の建築について語り合ったこともあった。
厄災復活がまことしやかに囁かれる中、運命の日が訪れた。恐ろしい地鳴りとともに大地がまるで大きな手に掴まれて激しく揺られているように振動して、ハイラル城のある方角の空に禍々しい雲が立ち上がっているのが見えた。その光景を見れば、誰もが遂に厄災が復活したのだと思った。悍ましい魔の手は、ハイラル城を中心に各地へと広がりつつあった。
そのとき祖父はたまたまゾーラの里にいて、どうすることもできず、ただただことの行く末を見守っていた。幸運なことに厄災の侵攻は途中で停止し、ゾーラの里への被害はそこまで酷くなかったが、凶悪な魔物が押し寄せてきて、祖父は帰ることができなくなってしまった。神獣たちの繰り手である英傑たちは―――もっと言えばミファーは―――どうなったのか、ハイラル城は、王家は無事なのか、何もかもがわからないまま、ひたすら情報を待ち続けた。
一度、居ても立ってもいられず、無理を承知で城へと戻ろうとしたが、魔物が段違いに増えていて、更に力も強くなっていることもあり、ゾーラの兵士たちから固く止められ、もどかしい気持ちを抱えたままゾーラの里に逗留を続けた。
そして段々と何が起こったかが分かってくる中で、対厄災として配備していた古代兵器であるガーディアンが暴走して、城下町も、城も、壊滅したのだと知った。また、暴走したガーディアンの残党がハイラル城を中心に、殺戮対象を探して彷徨っているため、絶対に近づいてはいけないとも。ガーディアンに見つかったものは、逃れられない破壊の光を受けて、跡形もなく散ってしまうと言う。
祖父は厄災の復活によって、家族も故郷も、何もかもを失ってしまった。そしてそれを確認することも許されなかった。
そして、対厄災ガノンとして配備された各神獣がその姿を消してしまったことも伝わってきた。だが、なぜ厄災が途中で活動を停止したのか、そして神獣が姿を消してしまったのか、詳しい情報は分からないままだった。神獣も同じ古代兵器であることから、もしかしたら厄災の手に落ちてしまったのではないか、と祖父が言っていたのをロスーリは今でも覚えているが、確かめるすべもなく、答えは分からないままだ。
厄災復活当時、ミファーはラネール山に修行に行っていた姫巫女のもとへと向かっていたので、ミファーの安否はおろか、厄災が発生してからどのような足跡を辿ったのかも分からなかった。しかし、神獣が姿を消し、ミファーも戻らない。これが意味するところをゾーラの里の民は重々承知していた。そして不幸なことに、ミファーは厄災が復活した際に、彼女が誕生した際にロスーリから贈られ、以後長きに渡って愛用していた光鱗の槍を携帯していなかったのだ。それがまた、里の皆の不安を強くさせた。
生存は絶望的であると分かっていながらも、彼女の帰還を誰もが祈り、待ち侘びた。しかし待てど暮らせどミファーは戻らなかった。
そもそもゾーラ族の元老院はミファーを神獣の繰り手にすることに対して反対していた。しかし最終的にはミファー自身の意志を尊重し、半ば押し切る形でドレファン王が認めたのだ。そのような経緯があったものだから、
『だからミファー様を繰り手になどするべきではないと言ったではないか』
と元老院は紛糾し、その怒りの矛先は、神獣の話を持ちかけてきたハイリア人へと向かったのだ。とは言え、祖父のことは里の皆が知っているため、祖父を悪く言うものは殆どいなかったが、それでもゼロではなく、その空気を祖父自身も感じて、居た堪れない気持ちを抱えていた。
だが、祖父とて厄災に大切なものを奪われた被害者だ。深い憤懣や、身も裂けるような悲しみを抱えていたに違いない。そして、何もできずにただ生き残った自分を責め続けていたのだろう。彼がそれらを口にすることはなかったが、言葉にせずとも伝わってくる想いがあった。だからこそ、
『お前さえ良ければ、ゾーラの里に腰を据えるといい』
とロスーリは祖父に何度か言ったが、曖昧に笑うだけだった。とはいえ行く宛もなく、祖父はゾーラの里へ逗留を続けて、ロスーリの工房で働いていた。
そしてある日、ドレファン王が、我が娘ミファーはこのハイラルを護るため厄災の大凶刃に倒れたのだ、と民へ告げた。その姿や声色は、すべてを受け入れた王であり父の強い姿だった。そしてそれはゾーラ族がミファーの死を受け入れた瞬間でもあった。
古い言い伝えでゾーラ族は、亡くなったらその魂は川へと還ると言われている。だからこそ、ずっとミファーの部屋で持ち主をぽつねんと待ち続けていた光鱗の槍を、ミファーのいる川へと戻そうと決めた。
その魂が少しでも慰められるよう祈りを込めて川に流そうとしたそのとき、槍が輝き言葉を紡いだのだ。
光鱗の槍は私、ミファーである、と。
すぐさま槍を川に流すのはやめて、その代わりに里に英傑ミファーの像を作ろうという話が持ち上がった。しかし、彫像に関しては専門的なノウハウがない。そこで手伝いを名乗り出たのが祖父だった。ハイリア人である祖父に対して難色を示すものもいたが、ロスーリの強い一押しもあり、祖父が彫像の技術を提供して像を造った。
そして祖父はミファー像を完成させると里を出て行った。その時、ロスーリは約束した。君の一族がもしもこのロスーリの力を必要とするときは、必ず力になろう、と。
そこから祖父がどのように生きていったのかは、ロスーリも分からないという。
「……長くなったが、こういった経緯があったゾラ。ワシにとってはあやつはただのハイリア人ではないし、その孫であるお主も同じだ。大切な友人と、その孫ゾラ」
すべてを聞き終えたナマエは、暫しその余韻に浸っていた。
自分の知らない祖父の話、百年前の厄災、祖父とロスーリの絆、戻らなかった英傑、そしてミファー像。いつも磨いていた英傑ミファー像には、目には見えないが確かに祖父がいて、繋がっていたのだと思うと不思議な気持ちになった。
幾分落ち着いた心持ちになるのを待ち、ナマエは礼を述べた。
「お話してくださりありがとうございました」
百年以上経った今も祖父との約束を守り続けるロスーリ。二人の間に結ばれた絆の固さを実感するのと同時に、やはりこんなところで挫けている場合ではないのだと奮い立つ。様々なことを考えたが、いまナマエに言えることは一つだ。
「これからもよろしくお願いします。ロスーリ師匠」
「……無理はするなゾラ」
立ち上がり、二人で工房へと戻っていった。
それからはいつも通り、工房の仕事をこなしているうちに、気がつけば空を覆う分厚い鈍色はいなくなり、爽やかな空が覗いた。その空のように心が快晴になることはなかったが、それでも幾分気分が晴れやかになった。身体中の空気を入れ替えるように大きく深呼吸すれば、澄んだゾーラの里の空気で満たされる。
百年前、祖父もここで同じようにこの里の空気を吸っていたのだろうか、と思いを馳せる。そこには今よりも百歳若いロスーリがいて、たがねを打ちつける音や、ああでもないこうでもないと言った会話が水の音に混じって工房から聞こえていたのだろう。
そんなことを考えながら、ナマエは作り途中のゾーラの剣を仕上げていく。
と、途中まではよかったのだが、気持ちが落ち着いて余裕が出てくると、気がつけばシドのことに思いを馳せてしまった。シドに聞かなければ分からない問いを自分の頭で悶々と考え続けても無駄だというのに、何度も浮かんできて、その度に振り払った。
そうして仕事が終わり、資材庫の中でシドのことを考えて悶々としていると、ノックの音が聞こえた。心臓がギュッと締め付けられる。この資材庫を夜に訪ねるひとなんて限られている。返事をすれば「オレだ、シドだ」と声が聞こえてくる。思った通り、来訪者はシドだった。「どうぞ」と言えば扉が開かれてシドの顔が覗く。彼はいつも通りスツールに座り、ナマエは椅子に座った。シドが何か言う前に、ナマエはずっと言いたかった言葉を伝える。
「朝は本当にありがとうございました。あのままだったらわたし、心がぺしゃんこに潰されて立ち上がれなかったかもしれません」
シドには助けられてばかりで、感謝してもしきれないくらいだ。今朝の助けてもらったことについて礼を述べると、シドは頭を振る。
「礼を言われる筋合いなんてないゾ。むしろ謝らなければならないくらいだ。キミのことを褒めることはあっても、悪くいうなんて、あってはならないことだ」
その面持ちは厳しくて、それだけ真剣に思ってくれていることが伝わってくる。それはとても嬉しいことだが、今はとても複雑だ。曖昧に微笑んで、「本当にありがとうございました」と改めて礼を述べて、次にずっと聞きたかった言葉を投げかける。
「ひとつ、聞いてもいいですか」
「ン? どうかしたか」
「あなたは……王子なのですか」
ナマエの言葉にシドは瞠目し、やがてすべて悟ったように微笑む。
「……そうだゾ。オレがこの里の王子、シドだ」
瞬間、様々な感情が込み上げてきて、それをいなすように唇を噛み締め、無意識に握っていた拳の力が強くなる。
「どうして、言ってくれなかったんですか」
出来るだけ感情を押し殺して問い掛ければ、シドは複雑な表情で「うーん」と唸る。どうやって伝えるべきか、頭の中で組み立てているようだった。やがてシドは「言い訳になってしまうが」と前置きして、言葉を続ける。
「言うタイミングを失ってしまったというのはある。だが何より、オレはキミから友達になろうと言ってもらったことも、キミと友達になったことも、本当に嬉しかったんだ。だからもしもオレが王子だと知って、友達を辞めると言われたらと思うと、言えなかったんだゾ」
その姿は、仮にも王子に対して形容するにはとても無礼極まりないが、さながら主人に怒られてしゅんとしている大型犬だった。そんな姿でそんなことを言われてしまっては、何も言えなくなってしまう。現に友達と名乗るのはやめようと言おうと思っていた。いくら種族が違うとはいえ、王子相手に友達を名乗るような心臓の強さは持ち合わせていない。それにナマエはハイリア人だ。ハイリア人を憎悪の対象とするものも多い中、友達だなんて言えば不興を買うことになるかもしれない。今朝の一件もある中で、ナマエとてそれは怖いし、それ以上にシドが周りからなにか言われたり思われたりするのはもっと怖かった。
では、どうすればいいのだろうか。ナマエには今、何を言えばいいのかも、今後どうすればいいのかも分からなかった。
ナマエが何も言えないでいると、シドはしゅんとした表情のまま言葉を紡ぐ。
「ナマエからすれば、騙されたと思っても仕方ないな。本当に、申し訳ないことをした。だがオレはキミと友達であり続けたい。困ったことがあれば力になりたいし、キミの夢を応援したいんだ。だからどうか、これまで通りでいてくれないか」
なぜ王子であるシドがナマエと友達であり続けることに拘ってくれているのか理解ができなかったが、そんなに言われてしまっては断りづらい。ナマエとてシドという存在に何度も助けられた身だから、彼が望んでくれるのならば、色々と問題はあるものの、答えはイエスだ。
それに、自分は思ったはずだ。大切な人とは種族に囚われず個人として接したいと。であれば、ゾーラ族だとか、王子だとか、そういうものをすべて取り払ったシドという個人を見るべきだ。
そして極論ではあるが、王子だから友達をやめるというのはその実、ハイリア人だから嫌い、ということと同じではないだろうか。そんなことはしたくないと、思ったはずだ。
と、様々なことを考える中で、以前シドに言われた言葉をふと思い出し、その意味をようやく理解した。
「……以前、今のまま変わらないでほしい。と言っていたのは、そういう意味だったのですね」
宿屋で焚き火を眺めた帰りにばったり会ったときのことだ。そのときシドに的確なアドバイスを貰い、感謝の言葉とともに何かわたしにできることがあれば言ってくださいと伝えたところ、そう言われたことがあった。あのときはきちんと意味が汲み取れなかったが、今になってあの言葉の意味を思い知る。
シドは同意を示すように頷いた。
「ああ。キミがいつの日かオレのことを王子だと知っても、今のまま変わらないでいてほしくて言ったんだゾ」
もしかしたらそれ以外にも、これまでのシドとのやり取りの中にはそういった意味合いを含んだ言動があったのかもしれない。
数秒の間を開けて、ナマエは意を決した。
「……わかりました。これからも友達でいてください。でもこれからはシド王子と呼ばせていただきますね。そこはきちんとさせてください」
「ム……どうしてもか」
「それは勿論です。ただのハイリア人が王子様を呼び捨てなんて、誰が聞いても顔を顰めてしまいます」
ナマエが肩を竦めれば、シドは勢いよく反論する。
「ナマエはただのハイリア人ではない、オレの大切な友人だ!」
「ですが皆が皆それを知っているわけではありませんし、皆がハイリア人に友好的なわけではございません」
勢いで言ったものの、シドとて勿論それを理解しているから、バツが悪そうに口を噤む。二人を取り巻く問題は、二人の意思でどうこうなるものではなくて、もっと複雑で、根深いものばかりだ。それを今は解消することができないということを、二人はよく分かっていた。
僅かに沈黙した後、それならば、とシドが最後の悪足掻きを絞り出した。
「二人きりのときはいいのではないか」
窺うように言われて思わず言葉に詰まる。彼の身体はとても大きいのに、この時ばかりは小さく見えた。だが二人きりのときだけ呼び名が変わるなんて恋人同士のようなことは憚れるし、そもそもそういう問題ではないのだ。一瞬揺らいだが、すぐに正気を取り戻して告げた。
「そういう問題ではありませんよ、シド王子」
しゅんと項垂れる様子はやはり、大型犬のそれだった。
◆◆◆
ゾーラ族の魂が川に還るのは独自解釈です。光鱗の槍を川に流そうとしたというエピソードを見て、なぜ川に流そうとしたのだろうかと考えて、そのようにいたしました。
