ゾーラの槍から始まった鍛冶も、徐々にバリエーションが増えてきた。そのどれもが緻密に作られていて、集中力の関係で一日では出来上がらない。ロスーリはさすが熟練の鍛冶師ということで、淀みない手付きですぐに作り上げる。ナマエはそれらを作る度に、ゾーラ族の作る武器の精巧さを思い知る。白波のような曲線、水面を思わせる澄んだ青。どれをとっても美しい。これらに使われている金属はここらへんの土地でしか採掘できない特殊な金属のため、残念ながら故郷のウオトリー村に帰ったあとには作れない代物だ。
そして今は装飾品を作ることにも挑戦している。ゾーラ族は、シドを始めお洒落なアクセサリーを付けている人が多い。精錬されたデザインの首飾り、腰飾りなど、ハイリア人のように服を着ない代わりにそうやってお洒落を楽しんでいるのかもしれない。お洒落には無縁なナマエには縁遠い感覚だ。一度師匠の指示でオリジナルで首飾りを作った時、センスの無さが露呈して、ただでさえ表情の乏しいロスーリの表情が、固く強張っていたのを今でも覚えている。あの表情を見て、悲しいが自分にはセンスが無いのだと改めて実感した。その時つくった首飾りは戒めのために自分で持っていて、リュックの奥深くに封印している。
センスが無いことで困ること、それはやりたいことリストの一つ目の“新しい武器を作る”を達成するにあたり、そこのデザイン性が著しく損なわれる可能性があるということだ。武器は旅人にとって命綱であり、相棒であり、己の化身とも言える。その武器がダサかったら、自分だったら嫌だ。勿論、見た目に拘らず、無骨でも性能がいいものならばいいのだという人もいるが、ナマエとしてはデザインも求めたいところだ。
とは言え、お洒落な武器など―――と、考えて、一つ思い至ったことがあった。ゾーラの剣を作るために、熱した金属を叩いて伸ばしながら、思わず「あっ」と声を漏らす。
(そうだ、お洒落な人がわたしの友達にはいるわいさ! 次会ったらスケッチさせてもらうさね!)
脳裏にシドのことを思い浮かべて、表情を緩めた。もし日中に会うことができて彼に時間があったなら、彼のことをスケッチさせてもらおうと心に決める。必要なのは資料だ。やはり資料がなければ新しくオリジナルのものなどできない。適度にインスパイアさせてもらわねば。
ところがそれから昼間にシドに会うことができなかった。夜にウロウロするとたまに出くわして、他愛のないことを喋って別れるが、いつもいつも「次昼間にあったらスケッチさせてください」と言うのを忘れてしまい、帰り道で頭を抱える。彼と話す何気ない話がとても楽しくて、夢中になってしまうのだ。
シドのスケッチをする代わりに、休みの日を使って身の回りの人たちが装着しているアクセサリーのスケッチをさせてもらった。それらはシンプルでありながら洗礼されたデザインで、付けているひとの魅力をそっと高めている。ゾーラ族は皆が同じ肌の色というわけではなく、青に赤、黒だったりと様々な色のひとがいる。その色に合わせた宝飾を使っていたりと、観察すればするほど、お洒落の奥深さに気づく。そしてなんだか自分までもお洒落になったような錯覚を覚えるも、その度にそれは勘違いであると戒めた。
ある程度資料も集まってきたところで、武器の素案を作ってみようと考えた。仕事終わりの資材庫で、スケッチブックを眺めてウーンと唸る。武器案を書いては消し、書いては消しを繰り返した紙は、今は白紙だ。デザインはおろか、そもそも剣なのか、槍なのか、それすらも定まらない。どうにも煮詰まっている気がする。きっとこのまま唸っていても、いいアイディアは浮かんでこないだろう。眉間を揉みつつ、深く息をつく。
(散歩……行くわいさ)
気分転換を兼ねて、夜のゾーラの里に繰り出した。美しき建造物を見て、直接触れて、水の流れる音を聞き、凛とした空気を身体の隅々に行き渡らせるように吸い込む。普段意識せずにやっていることを、一つ一つ意識してやってみれば、不思議と新鮮に感じるものだ。
そうして里をぐるりと回った後に、宿屋「サカナのねや」までやってきた。ここではたまに旅人向けに開放している料理鍋を使わせてもらっていて、この宿屋を切り盛りする夫婦と親しくなった。店主であるカーティは穏やかなゾーラ族の青年で、いつも快く料理鍋を貸してくれる。その妻であるコダーは明朗な性格で、料理をしているといつもナマエに話しかけてくれる。いつかルピーが溜まったらこの宿のウォーターベッドを使わせてもらうのが、今の密やかな夢だ。
「いらっしゃいナマエ、こんな時間から料理?」
ふらっとやってきたナマエに話しかけてくれたのは、コダーだ。いつも来る時間よりも遅い時間だったため不思議に思ったのだろう。ナマエは首をふると、「気分転換です」と答えて料理鍋の近くにあるベンチに腰掛けた。
「色々考えてたら煮詰まっちゃって、気分転換に焚き火を眺めに来ました」
「ハイリア人は火を見るの好きよね。昔、ナマエのおじいちゃんもよく眺めてたよ。どうぞ、好きなだけ眺めてって」
「ありがとうございます」
コダーもナマエの祖父のことを知るゾーラ族で、つまりはそれなりに歳を重ねている。この里に来て、こうやって祖父の話を聞く度に、祖父の残像のようなものを感じる。ここで確かに過ごしていたのだと、その息遣いが聞こえてくるようだった。きっとコダーやロスーリの方がナマエよりも祖父のことをよく知っているに違いない。
上体を折り畳んで、膝に肘をつき頬杖をついて料理鍋を熱する焚き火を眺める。暗がりで不規則に橙が揺らめいて、パチパチと爆ぜる音が耳を通り抜けていく。ゾーラ族からしたら体表が乾くので焚き火の近くに長時間いるなんて酔狂なことだと思われるだろうが、ハイリア人のナマエとしては火を見ていると不思議とリラックスして没入してしまう。
思い出すのはウオトリー村で夜を照らす篝火だ。田舎にコンプレックスを抱きつつも、離れてみれば故郷はやはり自分を形成するものであるし、いいものだと思う。
(おじいちゃんは……どんなふうにこの里で過ごしたんさね)
祖父がどんな風にこの里で過ごしたのか、ナマエは知らない。祖父はもう亡くなっていて、聞くことは叶わない。けれどコダーのように覚えてくれている人がいるのだから、悪くない日々を過ごしていたに違いない。
祖父のことを思い出しながら焚き火を見ていれば、凝り固まった概念とか、複雑に絡み合ってしまった思考がどんどんと解れていくのを感じる。まだ時間はあると余裕をこくつもりはないが、少し焦り過ぎていたような気もする。もっとこの里で色々な経験を積んで、色々なものを見てからでもいいのかもしれない。
ナマエは立ち上がり、コダーのもとへと向かう。
「お邪魔しました。おやすみなさい」
「うん、おやすみ、気をつけて帰ってね」
そう言ってコダーに手を振られ、ナマエは頭を下げれば、奥でカーティも「気をつけて帰るんですよ」と言ってくれたので、カーティにも頭を下げて「サカナのねや」を後にした。「サカナのねや」と工房「ハンマーヘッド」は、里の中央広場にある「英傑ミファー像」を真正面に見て、左右に位置するため、決して遠い距離ではない。それでも優しい言葉をかけてくれる二人が、ナマエはとても好きだった。ナマエに厳しい視線を向けるひともいるけれど、優しいひとのほうが沢山いる。今みたいに優しくされる度に、修行に来てよかったなと心から思う。
一年。長いようで短いその期間がナマエに定められた滞在期間だ。後悔のないように目一杯やり遂げたい。
自然と緩んだ頬をそのままに、「ハンマーヘッド」へ帰っていく。ミファー像の周りの床は窪んでいて水が張り巡らされているため、靴が濡れないように彫像の前を通って歩く。すると、里の入り口の方から階段を登ろうとしているゾーラ族の姿が目に入った。ナマエは気がつけば短い距離ではあるが走り出し、声をかけていた。
「シド!」
名前を呼ばれたシドは顔をナマエの方に向けて姿を認めると「おぉ!」と声を上げた。何日かぶりに邂逅したゾーラ族の友は、明朗な笑顔を浮かべていた。
「こんばんは、お帰りですか」
「ああ、少し鍛錬をしていた。ナマエこそなかなか遅い時間だが、今から帰りか?」
「はい。ちょっと煮詰まってしまって、サカナのねやで焚き火を眺めてました」
「仕事のことか?」
「そうなんです」
ナマエは武器制作でどうにも煮詰まってしまったことをシドに話せば、シドは考え込むように顎に手をやって、「ウーン」と唸り、
「それは使い手が見えていないから、うまく形にできないのではないか? 武器も沢山種類があるように、それを使うものも沢山いる。であれば、使い手の数だけ理想の武器があるということだ」
と、真剣な表情で言う。シドの言うことは、全くもってその通りだった。ナマエは、使い手を想像せずに闇雲に武器を作ろうとしていた。作りたい気持ちだけが先走ってしまって、結果的に当たり前のことを見失っていたのだと思い知らされる。
彼はそのまま言葉を続けた。
「誰が、いつ、どんな思いで使う武器なのか。それを落とし込んで考えてみるといいかもしれないな!」
「すごい……すごいですシド」
きっと今のナマエの瞳は、夜だというのに爛々と輝いているに違いない。対するシドはそんなに瞳を輝かせるとは思わなかったのだろう、僅かに驚きつつも、ニカッと笑んだ。
「役に立てたなら良かったゾ」
「なんだかいつもシドには、助けられている気がします」
「そうか? だがナマエの役に立てているのなら嬉しいゾ」
シドに自覚がなくたって、友達がいてくれる、ただそれだけで救われることもある。それに彼からのアドバイスは的確だ。心強い友の顔に微笑みを返して、
「今みたいにアドバイスもらえるのもそうですが、何のしがらみもなくお喋りできる存在って本当に有り難いんです。お友達になれて本当に良かったです。わたしもシドの役に立てるように頑張らないと」
ナマエは礼を述べた。頼るだけではなく、いつか頼ってもらえる日がくるように、ナマエ自身、己を磨かねばならない。
「友達……か」
シドはしみじみと噛みしめるように呟きを落とすと、次の瞬間にはいつもの眩しい笑顔になって、
「いいものだな! 友達というのは」
と、言った。シドは友達だが、彼と言うパズルのピースの殆どは埋まっていない。けれど、焦らず少しずつ埋められればいい。里から帰る頃にはたくさんのピースが埋められればいいと願う。
「そうなんです、友達はいいものなんです。わたしにできることは限られていますが、何かあれば言ってくださいね」
「それならば……これからも今のまま変わらないでいて欲しいゾ」
「今のまま、ですか」
彼の言ったことの本意を計りかねて復唱するも、彼は「あぁ!」と同意を示しただけでそれ以上の説明はせず、「暗いから送っていこう」と申し出てくれた。ナマエは慌てて手を横に振る。
「工房は目と鼻の先ですから、大丈夫ですよ」
「目と鼻の先ならば、送り届けるのだってほんの少しの時間だゾ。さ、いこう」
そう言って彼は歩き出したので、結局送り届けてもらうことになった。優しいなぁ、なんて思いながらも慌てて彼の後ろをついていけば、「ところで」と彼が首だけ振り返って言う。
「キミはどうして敬語なのだ? 友達というのは、もっと砕けた喋り方なのではないか」
痛いところを突かれて僅かに表情を苦いものにするも、誤魔化す必要も隠す必要もないと思い、彼の隣に並ぶと素直に打ち明けた。
「敬語じゃないと訛りが出ちゃうので」
「訛りか! いいではないか、聞いてみたいゾ!」
琥珀色の瞳を輝かせてシドが言う。
「恥ずかしいから嫌です。でもそのうちポロッと出ると思います」
「そうか。それではその時を待つとしよう」
そんな会話をしていると、あっという間にマルートマートの前まで辿り着いて、二人は向き合う。夜風が吹き抜けて、ナマエの髪の毛を柔らかく揺らした。
「わざわざありがとうございました。明日はお休みなので、ルト山で食料を確保したら、早速武器素案を作ってみようと思います」
「精が出るな。また煮詰まったら話し相手になるゾ」
「ありがとうございます。ではおやすみなさい」
「ウム。おやすみ、良い夢を」
シドは手を挙げると、元来た道を戻っていった。彼の後ろ姿を見守りながら何気なくその腰飾りを見て、ハッとした。またスケッチの依頼を忘れてしまった。
+++
明くる日、ナマエは朝からリュックを背負ってルト山にやってきた。いつもは大体夕方くらいまで散策しているが、今日は午前中には切り上げるつもりなので、いつも以上に集中しながらせっせと山道を登っていき、山菜やキノコを取っていく。すると山の中腹くらいまで来た時に不意に冷たい風が吹き抜けていった。なんとなく、嫌な風だ、と思いつつも、そのまま山を登り続けていくと、山頂付近で予想外の出来事が起こった。
「……ん?」
不意に頭に何かが落ちて、そのまま重力に従って頭の下へと流れていくのを感じて立ち止まる。この感じは液体のようだ。なんとも気持ち悪い感覚に思わず身震いをしつつ辺りを見渡すが、川もなければ滝もない。そして頭上を見上げた。そこでやっと異変に気づいた。
「え……雨!?」
集中しすぎて気づかなかったが、いつの間にやら頭上には鈍色の分厚い雲が覆っていて、辺りは太陽が遮られたことにより薄暗く、今にも雨が振りそうだった。ゾーラの里はあまり雨が降らないということもあり、雨が降るなんて露にも思わず、すっかり雨具を持ってくるのを失念していた。そうこうしている間に空からはぽつりぽつりと雨粒が落ちてきて、瞬く間にバケツを引っくり返したような雨が降り出した。あっという間にナマエはずぶ濡れになる。
「最悪わいさ!!」
激しい雨音に負けじと嘆きを零し、慌ててあたりを見渡して雨宿りができるようなところを探すが見当たらない。来た道を夢中で駆け下りながら戻り、目を走らせると、雨が凌げそうな岩が迫り出た場所があった。やった、と喜んだのも束の間。刹那、身体が変な方向に曲がっていったと思ったら視界が目まぐるしく変化し、気がつけば目の前には草と土がいっぱいに広がった。遅れて身体全体に鈍い痛みが襲い、瞬時に何が起こったのか判断できずにいたが、すぐに理解する。どうやら身体を打ちつけて、無様にも地面に倒れ伏せているようだ。地面についた頬に泥がべっちょりと付いている。そして身体全体が痛いが、特に右足首がジンジンと鋭く痛む。これは足を挫いていそうだ。
腕をついて上体を起こしつつ、どうしてこうなってしまったのか、その経緯を理解する。どうやら泥濘に足を取られてしまい、思い切り転んでしまったようだ。考えてみれば当たり前だ。下りの山道を走るだけでもかなり危険なのに、雨も降っているのだから道も滑りやすくなっていて、転ぶに決まっている。
「……最悪わいさ」
未だ衰えを知らず雨粒が降り注ぐ中、ナマエの呟きは雨音にかき消されていった。
