彫刻師と王子3

 ナマエにはこのゾーラの里に修行に来るにあたって、成し遂げたいことがある。父から修行に行くからには、きちんと目的意識を持って行きなさいと言われて、確かにそうだと思い、やりたいことリストを作ったのだ。
 一つ目は学んだことを通じて、新しい武器を作ること。今までは父の手伝いをしているだけだったので、今商材としてあるものだけを作っていたが、この経験を通じて、新しいものを作りたいと思っている。
 それから二つ目は――――

 ゾーラの里にやってきて、早いもので一ヶ月が経過した。毎日毎日ゾーラの槍を作り、漸く鍛冶の基礎が身についてきて、コツを掴み始めてからはまともなゾーラの槍が作れるようになってきた。寝ても覚めてもゾーラの槍のことばかりを考えていた日々で、夢の中でもゾーラの槍を作っていたが、漸く開放されそうだ。次はゾーラの槍よりも一回り大きい、銀鱗の槍の作成が待っている。
 今日は久々に一日休暇なので、ゾーラの里からルト山へと行き、キノコや山菜などの食料を探しに行くことにした。道は迷わないように要所要所にライトが設置されていて、それに沿って歩いていけば迷わないようになっている。ゾーラの兵士たちが定期的に魔物を退治をしてくれているので、道中ではあまり見当たらないが、それでも時々魔物たちと遭遇しそうになる。うまく身を隠してやり過ごし、せっせと食べれそうなものをリュックに入れていく。
 日が暮れる前には切り上げて、ゾーラの里へ戻り始めた。背負ったリュックがものすごい重さで、重すぎるリュックランキング堂々世界一位ではないだろうかとぼんやり思う。一歩一歩歩みを進める度に肩が悲鳴を上げている。少し欲張りすぎてしまったようだ。しかしここまできたら、全てを持って帰りたい。
 来たときと同じようにライトを辿りながら里へと戻る。ゾーラの里へと通ずる長い橋。幾重もアーチが掛かっているその下を潜りながら歩いていく。重いリュックを背負っているとこの橋の長さが無限に感じる。果てしなく続く橋梁を歩いていると、前方から人影が見える。徐々に近づくにつれてその正体について思い当たるような気がしてきた。そして相手もナマエの存在に気づいたらしい。お互いが相手の顔を視認できる距離まで近づいて、確信を得ると、相手が口火を切った。

「また会ったな、ハイリア人の少女よ!」
「こんばんは」

 お洒落ゾーラ族その人であった。前回会ったときから暫く時が経ったが、相手も覚えてくれていたらしい。男はナマエの背中に背負われている大きなリュックを見ると、

「随分と大きなリュックだな」

 と言った。ナマエはリュックを背負い直すと、

「ルト山で食料を獲ってきました。大漁です」
「それはよかったな。遠くから見えた時に、あまりにパンパンだからリュックが歩いてるのかと思ったゾ」

 男の言葉に、ナマエの脳裏には馬宿で出会ったテリーと言う行商が思い浮かんだ。あのように見えているということなのだろうか。

「わたしが本体ですよ」
「そのようだな」

 男は一頻り笑うと、「そのリュック、持ってみてもいいか」と問うた。不思議に思いつつもナマエが頷けば、男はひょいとリュックを持ち上げる。重さから開放された肩は一気に軽くなり、疲れが抜けていくようだった。男は「おお」と声を漏らした。

「結構重いではないか。そのような小さな体で、なかなかどうして力持ちだな!」
「職業柄、重い荷物持つのは慣れてますので」

 この里に来ても夜光石や火打ち石をたくさん運んできたし、ウオトリー村にいるときも父の手伝いで武器の素材となる鉄鉱石を一緒に探して工房まで運んでいた。重いものを運ぶのに慣れているのは誇張ではなく、本当の話だ。

「頼もしい限りだ。だが今はオレが持とう」

 男はリュックを片手で持ったまま里の方へ―――つまり、彼が今しがた来た道を戻ろうとするので慌ててナマエは静止をかける。

「へ!? いえいえ、大丈夫ですよ! 申し訳ないです」
「ここで出会ったのもなにかの縁だ。さあ、どこへ運べば良い?」

 既に歩きだしている男の後ろを追いかけつつ、

「いやいやいや、だって今からどちらかへ行く途中だったんですよね!?」
「なに、急ぎの用ではないから気にしなくて良いゾ」
「あの! そしたら、別のお願い事があるんです」
「ん?」

 漸く男の足取りが止まる。そのことにホッとしつつ、ナマエは男の目の前に回り込むと、「実はですね」と話を切り出す。改めて対峙するととても緊張し、喉が急速に渇きを訴える。

「お……おと……」
「おと?」

 伝えたい言葉がうまく音にならない。今から言いたいこと自体はさして重要ではないことだ。けれど緊張してしまうのは、なぜだろうか。
 ナマエは「ちょっと失礼します」と言い男からリュックを取り戻し、サイドポケットから水筒を取り出して全て飲み干し喉を潤すと、リュックを背負う。再び肩を襲うこの重さが、ナマエをかえって冷静にさせてくれた。
 ナマエの脳裏には、やることリストの二つ目に記載した項目が浮かんでいた。意を決して言葉にする。

「お、おお、お友達になってくれませんか!」

 ナマエから発された言葉に、男が面食らったような表情になり、何度か瞬いた。

「それが……お願い事か?」
「はい……」

 相変わらず呆然としながら男が言うものだから、ナマエは段々と後悔の念にかられる。これは、理由は分からないが、引かれたのかもしれない。リュックを持ってもらうのが申し訳なくて、次会ったら言おうとしていた言葉を情緒もひったくれもなく慌てて伝えたのだが、返ってきた痛いくらいの沈黙に、どうやらこのお願い自体が、分不相応だったらしいと思い知らされる。思わず視線を落として謝罪を口にしようとしたその時だった。

「はっはっはっ!」

 男の大きな笑い声がこの沈黙を切り裂いて、ナマエは思わず視線を上げる。すると、目を瞑って面白おかしそうに腹を抱えて笑う男の姿がそこにあった。大爆笑をされているという事実に、ナマエは暫し惚ける。
 暫く一人で笑い、それが収まると、男は目尻に浮かんだ涙の粒を拭い去って一息をつくと、

「……いや、すまない。急に笑って不躾だったな」
「いえ……でもまさかそんなに笑われるとは思いませんでした」
「そうだよな。……それがキミのお願い事だと言うならぜひ、友達になろうではないか」
「良いんですか! ありがとうございます!!」

 ゾーラ族のお友達を作る! このやりたいことリスト二つ目の項目が達成された瞬間だ。ナマエは思わずガッツポーズを取る。

「ゾッゾッゾ! なんだかとても、そうだな……新鮮な気分だゾ」
「あはは、そうですよね。わたしも、お友達になってくださいって、生まれて初めて言った気がします」

 ナマエの経験上、友達は自然となるもので、これをしたから友達、と言うわけでもなく、いつの間にかなっているものだった。けれど歳を重ねて、ひととの出会いを重ねるごとに、そのように友達になることが難しくなっていく。だからこそナマエは、どストレートであるが、敢えて言葉にしてお願いをした。と、そこでナマエはふと、目の前の男の名前も知らないことを今更ながら思い出す。名前も知らないで友達は名乗れない。

「すみません、お名前を聞いてませんでした。わたしはナマエと申します。あなたのお名前は、何というのですか」

 男は目元を細めてキレイな歯を見せて笑んだのち、

「オレはシドだ」

 そう名乗った。気がつけば日は沈んで、あたりは薄闇に包まれ。そんな闇夜の中でも、彼の―――シドの赤い身体は光彩を放っているように見えた。男の名前は、シド。ナマエは初めてできたゾーラ族の友の名前を胸中で呟いたのち、口に出す。

「シド」
「ああ、ナマエ」

 お互い名前を呼びあえば、そのあとは再び沈黙に包まれた。先程までは痛く感じていたそれが、今はとても和らげに思える。それがナマエは心地よくて、一度深呼吸してから、言葉を紡いだ。

「よろしくお願いしますね、シド」
「ああ、よろしくな!」

 そう言ってシドは握りこぶしを作って腕を折り曲げると、初夏に吹き抜ける風のような爽やかな笑みを浮かべた。このポーズを見るのは二度目だが、シドの決めポーズなのだろうか。深くは考えず、ナマエは頷いた。

「では、友人のナマエ。リュックを貸してもらっていいだろうか」
「え? なんでですか」
「いいから、借りるゾ」

 そう言ってシドはナマエの背中からリュックを取ると、リュックの肩紐をひとまとめにして片手で持った。呆然と事の成り行きを見守るナマエをそのままに、シドは「さて」と呟いて、

「行くゾ」
「え……あ、いや、だから!」

 漸くシドのしていることへの理解が追いついて、ナマエは慌てふためいた。結局シドはナマエの荷物を持って送り届けるつもりなのだ。

「友が大変な思いをしているのだから、手助けするのは当然というものだ!」
「嬉しいんですけど、でも違う……!」
「ホラ、いくゾ」
「うう……! すみません、ありがとうございます」

 結局シドに押し切られて、荷物を運んでもらうことになった。彼が持つと、世界で一番重いと感じたリュックが、とても軽そうに見えるから不思議だ。
 背の高いシドと並んで橋を歩いていく。ナマエは頭の中で、友達とは何を話すのだっけ……と考えを巡らせていた。つまるところ、話題が見当たらなかったのだ。今まで何を話していたのだろうか。異種族の異性と話すこと、と考えれば考えるほど、ナマエの頭には焦りだけが生まれていく。
 と、そんなナマエの心情を知ってか知らずか、シドの方が話題を振ってくれた。

「この里での生活は慣れたか?」
「あ、ええ。マルートマートの皆さんには本当によくしていただいて」
「それはよかったゾ。せっかく来たんだ、いい思い出を作って欲しいゾ」
「シドとの思い出も、作っていきたいです」
「ああ。勿論だ!」

 シドとナマエの出会いがこの後どのように二人の未来を変えるのか、女神ハイリアの示す道のりを二人はまだ知る由もない。