ナマエは俺の気持ちなんてちっとも気づいてなんだろう。だってナマエはいつだって、ホークアイを見ている。いつから俺がナマエを好きになったかなんて、もう思い出せないし、昔に戻れたとしても、きっと分からないだろう。気付いたら好きになっていたんだ。
「デュラン、どうしたの。後ろなんて歩いて、変なの。しかもニヤニヤしてるし」
楽しそうに前を歩くナマエの髪が揺れるさまを眺めていたら、くるりと振り返り、怪訝そうにナマエが言った。
「あ、いや。なんでもない」
俺くらいになると、彼女の髪が揺れる姿を見ているだけでも愛おしく感じる。どんどんナマエ沼にハマっていく自分に気づいて、じたばた暴れてみたものの、暴れれば暴れるほどどんどんはまっていき、もう今では首までどっぷりだ。
「あとは水を買えばおしまいだね。あー、疲れたなあ」
「だな。水を買ったらちょっとお茶でもしてから戻るか? 他の奴らは自由時間を満喫しているわけだし、俺たちだってお茶をする権利がある!」
ナマエは少し悩んで、やがていたずらっぽい笑みを浮かべて大きくうなづいた。ぱぱっと水を買っておつかいを済ませると、近くにあったお店で休憩することにした。
「ホークアイ、ぜーったい女の子口説いてると思わない? あるいは、リースとデート」
ほうら、またホークアイの話だ。俺って、アンジェラ曰く、感情がすぐに顔が出るらしいんだ。だから今絶対、嫌な顔していると思う。ナマエが俺の顔を見て、首を傾げた。
「ナマエ、好きだぜ」
「……はっ?」
ほら、驚いた顔も愛おしい。……って、俺は何を言っているんだ!? 慌てて口を塞いでも、言ってしまった言葉たちはもう戻ってこない。え、なんで俺今告白したの?
「急にどうしたのデュラン」
「いや、わかんねぇ……気づいたら言ってた」
「なにそれ」
ぷっ、とナマエは吹き出す。
「でもありがとう」
『ナマエは?』と、聞きたい気持ちをなんとか押しとどめる。微笑むナマエに、それ以上は何も言えなかった。ナマエは、嫌いともごめんとも言わなかった。けど、好きとも言わなかった。これ以上の言葉をナマエは恐らく待っていない。だからナマエは「ありがとう」と、言って俺からこれ以上の言葉を制した。
「おう」
そんなことに気づいて、俺は頷いた。
「ナマエ、好きだぜ」
「ありがとう」
もう何回ナマエに好きだと言っただろう。そして何回この言葉を言われただろう。俺たちの旅はもう間もなく終わりを迎える。フラミーの背中に乗って、聖域を後にする。
「ねえ、あんたたちそのやりとり何回目?」
アンジェラが笑う。俺もつられて笑う、そしてナマエを見れば、ナマエは穏やかな笑みを浮かべて大地を見渡していた。
「でももう終わりだよ。だってわたしたちは世界を救ったんだもん」
「そうだな」
ちくりと針が刺さったように俺の胸が痛んだ。世界を救った後に待っているのは平和な日常。俺はフォルセナへ、ナマエはホークアイとともにナバールへ戻っていく。
「デュラン、わたしも好きだよ」
「あり……はっ!?!?」
「え!?!?!?」
今、なんて言った? ナマエが俺を好きだと? 何が起こったんだ?? アンジェラも素っ頓狂な声を上げて驚いている。その騒ぎに、ほかのみんなもどうした? と俺たちの会話に入ってくる。
「今までずっと好きだって言ってくれてありがとう。いつ、だれが死んでしまうか分からないこの旅路で、デュランの気持ちに応えるのがすごく怖かった。でもすべてが終わった今、やっと言えた」
「ナマエちゃん、よりによってデュラン?」
「ホークアイのお眼鏡にかなってるでしょ?」
「よぉーくおわかりで。さっすがナマエちゃん」
ぽんぽんなんてホークアイがナマエの頭をなでる。なになに、ホークアイのこと好きなんじゃないの?
「ナマエって……ホークアイのこと好きじゃなかったのか?」
「ええ? いつそんなことわたしが言った? ホークアイは幼馴染だよ」
いや確かに聞いたこともなかったけど。お察しみたいな感じかと思ってたから……。て、いうか俺を好きなんて可能性微塵も考えてなかった。
「……で、デュランはわたしのこと好きなの?」
「あ、あったりまえだろ!! 大好きだ!!」
「なんだか聞いてるこっちが照れてきました」
なぜかリースが頬を赤く染める。
「とりあえずナバールに帰るけど、そのうち迎えに来てくれるってことでいいんだよね?」
「お、おう!! 帰ったらすぐ迎えに行く! なんなら今からフォルセナにきてくれ!! 家族に紹介したい!!」
「シャルちゃんもついてくー!」
「じゃあアンジェラちゃんもー!」
「私も……」
「そしたらみんなでいこっか??」
「いや見世物じゃないぜ!」
女子がキャッキャ盛り上がってるところを、ぴしゃりと斬る。
「俺はナマエのお兄ちゃんみたいなもんだからついてく!」
「オイラもナマエとデュランのこと見届けたい」
「いやだから見世物じゃないっつーの!!」
「あら、いいじゃん。みんなでデュランち泊まろうよ!」
なんか趣旨変わってないか? なんて思いながらも、このやりとりに俺も胸にあたたかいものがこみあげてくる。ああ、みんな背負った運命に打ち勝ったんだ。終わったんだ。そしてナマエは俺のことを好きだと言ってくれた。なんて幸せなんだろう。
「しゃーねえなあ、フラミー! フォルセナまで行くぜ!」
ちらっと隣のナマエを見れば、ナマエも俺のことを見ていて、微笑みあう。胸が苦しいくらい絞められて、ドキドキする。
「ナマエ、好きだぜ」
「わたしも好きだよ」
このやりとりの回数が、何回積み重ねられるんだろう。そんなことを頭の隅で考えながら、風に揺れるナマエの髪にそっと触れて、初めてナマエに気持ちを伝えたあの日のことを思い出した。
