大人になるのはとても大変

『ただいま』
『おかえりなさい、あなた』

 重ねるだけのキスから、舌と舌の絡み合う熱烈なものへと様変わりした。テレビの中で繰り広げられるその光景に、軽い気持ちでテレビを見始めた二人は気まずくなる。いつも賑やかな天道家なのに、今は乱馬と名前の二人だけだった。

「……」
「……」

 乱馬がチャンネルを変えると、バラエティ番組に早変わりした。テレビの中で芸能人たちがトークを繰り広げて笑っている。名前はほっと胸をなでおろした。先程の番組は大人の見る番組だ。まだ子供の自分たちには早すぎた。

「……名前」
「ん、な、なあに?」

 まさか名前を呼ばれると思わなくて、名前はどきりと肩を揺らした。

「俺の部屋、いこうぜ」
「へ!?」

 あんなものを見たあとだから、いやでも意識してしまう。まだ迎えたことのない、乱馬とのそういった行為。その緊張が伝播したのか、乱馬が顔を真っ赤にして大慌てで説明した。

「あ、あああ安心しろよ! そんな、別にだなあ! お、おおお俺は、そんなことするつもりはだなあ! いいからいくぞ!!ほら!!」

 といって乱馬はつかつかと二階へあがっていった。おいてかれた名前はついていかないわけにもいかず、のろのろと乱馬の部屋へと向かった。けれどどうしても浮かんでくるのはあの熱烈なキッス。意識しないわけがない。乱馬の部屋の襖を恐る恐る開けると乱馬が布団の上で正座していた。
 何だこの状況は。

「な、なに、そ、そうなの? そうなのね?」
「ちげえ! そういうわけじゃねえよ!! こんな誰が入ってくるかわからない状況でそんな!!」
「ななななにをいってるの! も、もう!」
「まあいいから座ってくれよ、ほら」

 ぽんぽんと乱馬は自分の目の前を叩いて、名前をそこに座るように促す。その通り名前は座ると、乱馬は至って真面目な顔でひとつ咳ばらいをした。

「俺さ、あんな……キス、普通にできないけどよ、でも、俺、すぐ大人になるから、だから、まだ待っててほしい」
「……なんのこと?」

 話が読めずに、話の腰を折ることを申し訳なく思いつつも尋ねる。

「な、何度も言わせんなよ! だから、俺……まだ、大人じゃねえけど、でも、俺すぐ大人になるから。それまで待っててほしいってことだよ」
「どうしてそうなったの? わたしなんかいったっけ?」
「いや、だって女って大人の男がいいっていうだろ?」

 至極真面目な顔で言う乱馬。段々と乱馬が何を思い、何を言いたいのかわかってきた。なんて馬鹿で、愛らしいひとなんだろう、と名前はちいさくほほ笑む。

「大丈夫だよ、わたし、いまの乱馬が好きなの。だから、大人になんてならなくていいよ」
「いいのか……?」
「うん、それに大人になるなら、一緒になろうよ。ちょっとずつさ」
「そうだな。……ナマエ、じゃあ、キスしてもいいか?」
「うっ! うん、いいよ」

 どきどきと心臓が激しく鐘を打つ。乱馬が立ち膝になって、ナマエの肩に手を置いた。徐々に乱馬の顔が近づいてきて、名前も目をつぶってその時を待つ。やがて柔らかな触感がくちびるに伝わってきた。触れるだけのキス。
 ふわり、意識が天国に飛びそうなくらい幸せな気分になる。こういうキスでいいんだ。大人になんて嫌でもなるのだから、いまはこどもでありたい。