夢を見た。詳しい内容は忘れてしまったが、夢の中で三日月はナマエを置いて先に死んでしまうのだ。三日月は強いけれど、彼の命は大切な誰かのためならば、ふっと息を吹き掛ければ綿毛のように簡単に飛んでいってしまう軽さもある。それが三日月らしいと言えば三日月らしいけど、ナマエにとっては三日月がいない世界で息をすることが難しいのだ。だから、どうか自分よりも1秒でもいいから長生きしてほしい。そう願わずにはいられない。そんなことを目覚めた時に思った。嫌な目覚めだった。起きたときには涙が一筋流れていた。
宇宙にいると昼と夜の概念が曖昧になるが、今の時間は夜だ。昼間は賑やかな艦内も、夜になると静かになる。男は相部屋だが、女は一人一部屋を与えられていて、ナマエもありがたいことに小さいながら自分の部屋を持たせてもらっている。だから三日月と会うときは、大体三日月がナマエの部屋にやってくる。今も彼はナマエと隣同士でベッドに腰掛けて、静かなこの部屋で丸窓から覗く宇宙空間をぼんやりと眺めている。彼は今はいつもの上着を羽織っておらずタンクトップ1枚で、背中に特徴的な阿頼耶識が3つ、山岳が連なるように並んでいるのが見える。
「ねえ三日月」
「ん?」
先程まで景色を見ていた大きな瞳がナマエを捉えた。彼の姿はどこの誰よりも最高にセクシーだ。彼に見つめられるたびにしみじみと実感する。すらっとした首筋も、浮き出た鎖骨も、深い宇宙みたいな瞳も、すべてがナマエを夢中にさせる。
「昨日ね、三日月の夢を見たの」
「へえ、そうなんだ」
「その夢の中で、三日月はね、理由は忘れちゃったんだけど、何かを守るために身を投げ出して、あっという間に死んでしまったの。それでわたしは一人ぼっちになってしまって、とても悲しかったの」
取り留めのない夢の話なんて、聞かされたところで相手が反応に困るというのは勿論分かっている。三日月もこんな話を聞かされて、まして自分が死ぬ話なんてされてさぞかし困っているだろう。けれど言わなばければ彼の命を繋ぎ止められない気がして、ナマエは話をしたのだ。
「ふうん」
案の定、三日月はなんとも言えない反応をする。
「……三日月はさ、わたしを置いて死んだりしないよね」
「さあ、どうだろう。約束はできないかな、努力はするけど」
なんとも三日月らしい回答だ。彼は誠実で、嘘をつかない。人はいつどこで死ぬかなんて分からない。まして鉄華団にいて、バルバトスのパイロットである以上、死はまるで隣人のように当たり前にそばにある。彼は強いが、いろんな要因が重なれば何が起こるかわからない。だから、祈りのような言葉を彼へと紡ぐ。
「一日だけでいいの、わたしよりも長生きしてほしいな。だってわたし、三日月がいなかったら生きていけないもの」
「ナマエは寂しがりだね」
三日月の目が少し細められて、口角が上がる。大きな彼の瞳に見つめられると、宇宙空間に吸い込まれるような心地になる。三日月はナマエの頬に手を添える。その手は大きくて、硬くて、すべてを包み込んでくれるみたいで、安心感をくれる。そして三日月はゆっくりと唇に唇を重ねた。唇が離れると、今度はその大きな腕でナマエを包み込んだ。彼の体躯は他の男性と比べると小柄なのに、抱きしめられると彼の大きさを感じてとてつもない安心感を得られるのはなぜだろう。
「ナマエと一緒に生きていきたいから、頑張るよ」
耳元で優しく響く彼の低くて淡々とした声。なんだか色々な感情が複雑に混じり合って、ナマエの瞳からは大粒の雫が音もなく溢れ出た。
「約束ね」
ナマエの言葉に、三日月は安心させるようにぽんぽんと頭を撫でた。三日月はナマエから離れると、肩を押してゆっくりとベッドに押し倒し、その上に馬乗りになる。ナマエの顔に三日月の影が落ちる。三日月の指がナマエの涙を拭って、目元にキスを落とした。そして三日月は言う。
「俺がバルバトスで発進する前にどんな事を考えてるか知ってる」
「……さあ」
『邪魔するやつは一人残らず殺してやる』かな、と一瞬頭に浮かんだが、それはナマエの心に留めておく。
ナマエの上に跨る三日月は口角を少し上げた。
「ナマエの『おかえり』が聞きたいな、だよ」
「そんなこと考えてるの? いくらでも言うよ」
ナマエが送り出すときは、三日月なら大丈夫、と思いながらも、これが最後かもしれない。と不安に心が蝕まれることがある。どうにか無事で帰ってきて欲しい。と、胸が張り裂けそうな気持ちでいつも送り出している。対する三日月は、なんともシンプルで愛おしいことを考えているらしい。
「それって結構、俺の中では大きいんだ。ナマエのおかえりを聞かないと、俺は死なない。死ねない。だから」
ナマエの心臓が、幸福感を訴えるように締め付けられて、そして弾む。三日月は言葉を連ねた。
「これからも俺におかえりって言って。1日でも長くナマエよりも生きて欲しいのがナマエの願いなら、叶えられるように俺は全力で生きるから」
そう言って三日月はナマエの顔に、身体にキスを落としていく。決して約束はしないけれど、叶えられるよう努力するという優しい彼がやっぱり好きだ。
「三日月、好きだよ」
「俺もナマエのことが好きだよ。ねえ、俺だけを見て」
彼と文字通り一つになれればいいのに、なんて思いながら、今夜も三日月に与えられる熱に溺れていく。
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隣で寝息を立てている三日月の額にはすでに乾いた汗で髪が1束張り付いている。そんな愛おしい三日月にそっと口付けをして、何の根拠もないけれど、今日はいい夢が見られる気がする。なんて思いながら、ナマエも目を閉じた。
