先延ばしにしてきた報い

「今日という記念すべき日に、スペシャルゲストとして、この町を作るきっかけを与えてくれた4主さんたちにきてもらいました! 皆さんもご存知かと思います。では、一言どうぞ!」

 町の真ん中で、ホフマンがマイク片手に楽しそうに舞踏会を進行していく。ランプが町中至るところに置かれていて、夜の闇をほのかな明かりが照らしている。とても幻想的で、美しかった。
 マイクを受け取った4主は緊張で強張った顔で、大きく深呼吸した。

「……ええと、4主です。お招きいただきましてありがとうございます。何もなかったあのときから、まさかこんなに人でいっぱいになるとは思いませんでした。皆さんと出会えたのも何かの縁だと思いますので、えっと、今日は……楽しみましょう、以上です」

 不慣れながらもなんとか最後に纏めて締めくくれば、町人たちからすぐさま歓声が上がった。4主はマイクをホフマンに返すとナマエとアイコンタクトをとった。二人は同時に苦笑いをした。そんな様子を、クリフトが遠めに見つめる。

(とうとうきてしまった……)

 結局クリフトはアリーナと踊ることになった。今までの自分だったら、きっと狂喜乱舞だったに違いない。だが、ナマエが好きだと気付いてしまった。勿論アリーナと踊れることはとても嬉しいが、素直に喜ぶことができない。

「クリフト」

 と、名前を呼ぶ声に意識が目の前の現実に戻る。隣に立っているアリーナが呼んだのだ。心臓が飛び跳ねつつ、返事をする。

「あっ、は、はい?」
「本当は、ナマエと踊りたかったんでしょ?」
「!! そんなことは……」
「いいのよ、わかってる。クリフトは、ナマエのことが好き、違う?」

 まったく間違っていなかった。自分はナマエのことを間違いなく好きで、その気持ちは揺るぎないものだった。それでも、ずっと昔からの憧れの女性に聞かれてしまっては、複雑で、少し肯定するのに躊躇ってしまう。

「……ちがわないです」
「なんで誘わなかったの? 誘うチャンスはあったよね?」
「勇気がなかったんです。ナマエを誘う、勇気が……」

 今となっては心のそこから後悔している。あのとき誘えていれば、彼女は4主と踊ることもなかった。

「ほんと、馬鹿よクリフト」
「ですよね……」
「あたしはね、ナマエに幸せになってもらいたいの。幸せにしてくれるならクリフトだろうと4主だろうとかまわないわ」

 アリーナの横顔は、まっすぐにナマエを見つめていた。

「あたし、あんたみたいにぐじぐじしてるやつがだいっきらいなの。肝心なときに勇気を出せないやつ」

 だいっきらい、と言われてクリフトの胸に鈍い痛みが走った。さすがにその言葉には堪える。アリーナはそのまま続ける。

「でも、ほうっておけないの。あたしって、そういうやつ応援したくなっちゃうのよ。もうちょっと頑張れ! って背中を押したくなるの」
「アリーナ様……」
「だからクリフト、頑張ってよ。あなたがナマエのこと幸せにしてあげてよ」

 真面目な顔をしたアリーナの視線がクリフトを捉え、訴えかけるようにクリフトの両手を包んだ。

「……はい」

 アリーナが応援してくれて、背中を押してくれている。この期待に、応えてみせる。そう思い、強く頷いた。
 夜の闇をいくつもの小さな明かりが照らしだす幻想的な風景の中、町民と導かれし者たちはワルツを踊った。音楽に合わせて適当に踊る人たちもいれば、きちんとしたワルツを踏む人たちもいて、さまざまだった。アリーナとクリフトはともに経験者のため、乱れぬステップを踏んでいく。ちらり、ナマエと4主の様子を見てみればぎこちない4主の動きを笑いながらも、エスコートしていくナマエと、必死な顔をしてナマエの動きに合わせている4主。
 二人は、とても楽しそうだった。
 鈍い痛みが胸にやってきた。

(嫌だ、嫌だ、嫌だ。そんなに楽しそうな顔をしないでください)

 今はアリーナとのダンスに集中しなければいけないのに、どうしてもナマエと4主のことが気になってしまう自分に嫌悪感を抱く。そんなクリフトの様子に気づいたアリーナが、手を取り合って優雅に踊るクリフトの顔を見上げた。

「クリフト、やっぱり気になる?」
「そんなこと……」
「人の気持ちは変わっていくから、今、この瞬間、もしかしたらナマエは4主を好きになったかもしれないわ。ぐずぐずしてる暇ないんだからね。ナマエのこと今すぐさらっちゃうくらいじゃないといけないんだからね」

 確かにぐずぐずなんてしてる暇はないのだ。4主のナマエへのアピールはやむことはないし、いつナマエが4主を好きになってしまおうかもわからない。もしかしたらもう好きなのかもしれない。いっそ今、本当にナマエのことをさらってしまってしまおうか。

「さらっちゃうくらいの……」
「ああ、だからって本当にさらわなくていいからね」
「あ、はい」

 アリーナからのストップがかかったので即座に実行を止めた。やはり彼女からの命令は絶対なのだ。
 舞踏会がおわり、人々が続々と自分たちの家へ帰っていく。導かれし者たちも宿屋に戻っていった。流れ的にパートナーと並んで帰路につき、今日の感想を口々に交わしたりした。ナマエは4主と。クリフトはアリーナと。
 宿屋について、自分の部屋に戻ると、ひとまずベッドに腰掛けた。なんだか、とても疲れた気がする。ぼんやりとする意識に身を任せて、どれくらいの時間がたった後か、突如部屋にノック音が響き渡った。出たくない……と思いつつも「はい」と返事をしだるい体を無理矢理動かしてドアを開けた。ノックの主はアリーナだった。反射的にシャキンと背筋を伸ばす。

「どうし―――」
「クリフト、聞いて」

 クリフトの言葉を遮ってアリーナが話を切り出す。真摯な表情だった。なんとなく、嫌な予感がした。下唇を噛んで、アリーナの次の言葉を待った。

「4主が、告白していたわ」

 まるで鈍器に殴られたかのような衝撃が、クリフトの頭を襲った。大体予期していたとはいえ、やはりその衝撃は凄まじかった。事態は最悪な道をたどっている。

「宿屋の外の、ウッドデッキ。偶然通りかかったら……」

 これが、先延ばしにしていた報いなのか。あまりに残酷な仕打ちに、神に縋りたくなった。

(神よ……私は、どうすればいいのですか)

 目の前が暗くなっていき、耳鳴りが頭の中に響き渡る。身体が絶望に侵食されているみたいだった。

「4主は帰ってきてお風呂に入りに行ったけど、まだウッドデッキにはナマエがいるはずよ。ねえ、行ってくれば?」
「……わざわざ教えてくださりありがとうございます」
「あたしにできるのはもうここまでかもしれないわ。……それじゃあ、おやすみ」
「ありがとうございます。いい、夢を」

 ぱたん、と扉を閉めれば、クリフトの世界を占めるのは痛いくらいの静寂。恐ろしいくらいの虚無感が心を痛めつけるが、目をつぶってゆっくりと息を吸い込み、目を開けると同時にその虚無感を吐き出してみせた。

(いかなくては)

 扉に手をかけた。

先延ばしにしてきた報い
(それはあまりに突然で、世界が崩壊する音のように聞こえた)