今日は生物部はお休みの日だ。放課後、久々に調査団に顔を出してみれば、様々なメンバーがお喋りに興じていた。その中にペトラの姿を認めて、ナマエは吸い寄せられるようにペトラのもとへ赴いた。
「あらナマエ、今日は生物部お休みなの?」
ペトラの問いに頷けば、ペトラの近くにはオルオと、一年生のエレンとジャンがいた。今年の新入生は特に入団希望者が多く、秘密裏な組織とはいえなんだか嬉しい。
「お疲れ様ですナマエさん!」
エレンとジャンが口々に出迎えてくれた。
「なんだナマエ、俺に会いに来たのか? 全く、ナマエとペトラで俺の相手が勤ま―――」
「ねえ聞いてよペトラー」
オルオを無視してナマエは座り込むと、ペトラに最近のことを話し始める。
「NoNameのギタリストいるでしょ、わたしがカッコいいって言ってた」
「え? ハン……じゃない。うんうん、言ってたよね」
「ハンジさんが知り合いだって言うからね、ギタリストさんにファンレターを書いて渡してもらったの。そしたらなんと、お返事がもらえたの……!」
「えー! すげえナマエさん!!」
エレンが興奮気味にナマエの話に喰いついた。ギタリストの正体を知っているペトラと、オルオ、ジャンはそれぞれ視線を合わせ、言葉を交わさずとも頷き合い、共通の認識を持つ。
――この件について、余計なことは言わない。
これは、モブリットから密かに根回しされていることだ。
NoName――進撃中学校では有名な、3ピースバンドだ。目に包帯を巻いて顔を隠している正体不明のバンドだが、なんとなく正体については皆分かっている。分からないのは興奮気味に話しているナマエとエレンくらいだろう、とペトラは思う。だからこそ、ハンジの行動が理解できなかった。目の前のナマエは、どう考えてもハンジ=ギタリストと言うことには気づいていない。つまり、ハンジは正体を明かさずに手紙を受け取り、そして返事を書いたということだ。ハンジがナマエに対して、ほかの人へは抱いていないような感情を抱いていることは、何となく周りもわかっていた。自分がギタリストだと明かせば、あれよあれよと言う間に恋人同士になりそうなものだが。
「エレンも文化祭で見たでしょ? あのステージ! すっごく素敵だったよね!」
「勿論見ました! 三人ともカッコよかったですよね!」
そんなペトラたちの混乱はどこ吹く風。ナマエとエレンはどんどんと盛り上がっていく。
「カッコよかった~~!! あのギタリストさんの優しそうな笑顔が忘れられなくて、何回も夢に出てくるんだ……!」
「わかります! 俺も夢で何回もチーハン出てきてますもん!」
「チーハン美味しいよねえ。わたしも大好き!」
「ナマエさんもですか! お弁当の中に入ってるとすっげー嬉しいですよね!!」
「ね! エレンはチーズ、オン派? イン派?」
「お前ら何の話してるんだ」
先ほどまでNoNameの話をしていたのに、いつの間にやらチーハンの話をしているナマエとエレンに、堪らずオルオがツッコむ。オルオがツッコまなければジャンがツッコむところだった。
「……で、ナマエさんはギタリストから返事もらってどう思ったんすか?」
ジャンが軌道を修正する。ナイス、ジャン! とペトラは心の中で拍手した。ナマエはほんのり頬を染めて押し黙る。
「えっと……あの……うふふ、ねえ?」
先ほどまでチーハンの話をしていた人物と同一人物ではない照れっぷりだ。
「……好き、だな、って思うんだけど、でもよくよーく考えたら、それはアイドルとかを好きになるような感情なのかもしれないなあ、って思うんだよね。だってその人のこと全然知らないし。ってことをモブリットに言ったら、ギタリストについて知ればいいじゃんって言ってたんだけどね」
「モブリットの言う通りだよ! とりあえず、会ってみなよ!」
「会うなんてそんな! わたしなんてただのファンとしか思ってないだろうし、会いたいって言って、引かれたらやだもん」
「引かないと思うけどな……まあ、なんならオレが練習相手になってもいいふがっ!!」
オルオがいつも通りいいタイミングで舌を噛む。それをペトラが一瞥し、「とにかく!」と拳を握り、机に叩きつけた。
「また手紙を書くべきだよ! ねえナマエ、もらった手紙にまた返事かいたらどう?」
「そ……そうかなあ」
うーん。と腕を組んで悩ましそうに眉を寄せる。
「手紙に返事を書いて、それからデートしてみる! 案外うまくいくかもよ?」
「すっごい楽しそうですね! オレも行きたいなあ」
エレンの言葉に、ナマエは思わず噴き出してしまった。
「おいテメエ、なにナチュラルにヤベエこといってんだコラ! ナマエさん、オレも一緒にいってやってもいいっすよ? オレと一緒にみたらしライフ送ってもいいっすよ?」
「ジャン、今日もお前の脳内は快適だな」
「あァん?」
「じゃあ私も一緒に行こうかなあ~!」
ペトラまでノッてきたので、いよいよナマエは笑い声をあげる。と、そのタイミングで騒がしい音を立てて部室の扉が開いて、「やっほー!」と元気のよい声が響き渡る。見る前から何となく正体は分かったが、反射的に視線をやれば、やはりハンジとリヴァイがやってきたようだった。
「ナマエ~!」
白衣の袖をたくし上げたハンジが、ぶんぶんとナマエに向かって大きく手を振っている。例えばこういう、集団の中で真っ先にナマエを見つけて声をかけるところに、ハンジがナマエに対して特別な感情を抱いている可能性を感じる所以だ。
それに対してナマエはいつも通りの様子で手を振り返している。これは間違いなく正体に気づいていないだろうと察すると同時に、まじで気づいてないんだな……とオルオはドン引きする。
「ねえナマエ、今からたこ焼きをリヴァイにたからない??」
「何を言ってるんだ奇行種」
リヴァイが舌打ちをして隣のハンジを睨み上げる。対するハンジはいつも通り飄々とした様子で頭の後ろで手を組んでいる。ナマエは小さく笑う。
「わたしはたかりませんよ。今日は帰って、ファンレターを書くことにしました! またハンジさんにお願いしてもいいですか?」
「あ、うん。勿論だよ! 楽しみに待ってるね」
「善は急げ! と言うことで、帰ります!!」
「あ、オレも帰ります! 一緒に帰りましょうナマエ先輩」
席を立ったナマエにつられたようにエレンも立ち上がる。「私もついていきたーい!」と言うハンジに対して、ハンジさんは寮でしょ。と笑いかけ、ナマエはエレンと共に「お疲れ様でしたー」と仲良く声を揃えて言い部室を出て行った。
残されたハンジに、ペトラがずいずいと詰め寄る。
「ハンジ先輩、どういうことなんですか」
主語はないが、ハンジには充分伝わっている。が、ハンジは「何があ?」と惚ける。
「ややこしくしてる気がしてならないんですけど」
「全く皆心配性だねぇ。だーいじょうぶだって」
「何が大丈夫なんですかぁ! 私がギタリストですって言えば一発で決まりだと思うんですけど」
「だってさ、ナマエが好きなのはNoNameのギタリストであって、私ではないわけだよ。だからちゃんと私のことを好きになってほしい。だから正体は明かさない。まあ、私のちっぽけなプライドなわけだ!」
あっはっは! とハンジは軽快に笑った。会話を聞いていたオルオは、うーん。と腕を組む。ハンジの言っていることも分からなくはない。
そして思いのほかハンジが真剣にナマエのことを考えているようで、意外であった。巨人の実験に情熱を燃やしすぎている変人のイメージがあったが、存外普通の人間であるらしい。
「ほう、テメェにプライドがあったのか」
「あるさ!」
「プライドがあるやつは人にたこ焼きをたからねぇがな」
「それとこれとは別さっ!」
