不思議な世界に紛れ込んでしまってもうどれくらい経っただろうか。時折、故郷の仲間のことが気になるが、それでも傍にいるクリフト、アリーナ、そしてこの世界でできた仲間たちといると、寂しさも紛れた。
そんなこんなで、ナマエは空艦バトシエ内のルイーダの酒場にて、スライムジュースを飲みながら目的地へ向かうまでの時間を持て余していた。
「ナマエ」
「……あ、テリーさん」
これまた違う世界からやってきたと言う、テリー。整った顔に、紫色の切れ長の瞳は彼の気難しさを表しているようだ、とナマエは不躾に思った。正直、このテリーと言う男、何を考えているかわからないし、とっつきにくい印象がある。ナマエの周りの男性は比較的穏やかなものが多いこともあって、ナマエは苦手であった。
「今日はクリフトやアリーナとは一緒じゃないのか?」
「はい、いつも一緒ではないんですよ」
「へえ、そうなのか」
そういいながらナマエの隣に腰掛ける。「あら、珍しい組みあわせね」と、ルイーダが微笑みかける。ナマエは助けを求めるようにルイーダに視線を送るが、そんなナマエの心を知ってか知らずか、ルイーダはテリーに飲み物を聞くと、それを作りに奥へと行ってしまった。
「……」
「……」
続く沈黙に、膝の上で固く握った拳が汗ばんできた。どうすればいいんだろう、何か話すべきなのだろうか。
「はい、スライムサワー」
「っあ、ルイーダさん!!」
「ん? なあに?」
「えっと、……ス、スライムサワーわたしもおねがいします……」
「わかったわ」
本当はスライムサワーなんて頼むつもりなんてなかったのに、つい沈黙に耐えかねて飲みたくもないサワーを頼んでしまった。ルイーダにここにいてほしいだけなのに。ルイーダは、にこっと微笑んで再びドリンクを作りに行ってしまった。
「お前も酒を飲むんだな」
「まあ、嗜む程度に……」
「弱そうだが」
「う……まあ、間違ってはないかと」
「大丈夫なのか? スライムサワーじゃなく、スライムジュースのほうがいいんじゃないか?」
テリーがふっと口角を釣り上げて言う。ナマエはからかわれていることに気づき、なんと返そうか考えるが、その間にルイーダがドリンクを持ってきて、その代わりに空になったスライムジュースのグラスを下げていった。
「今は、スライムサワーの気分なのです」
「そうか」
テリーがスライムサワーに口をつけたのを見て、ナマエも倣う。
「次の出撃はテリーさん出るんですか?」
「ああ、ナマエは」
「わたしもです。頑張りましょうね」
「足を引っ張るなよ」
「もちろんです。テリーさんのお邪魔にならないように中衛頑張ります」
「ナマエ、それにテリーさん」
神の声が背後からかかった。振り返れば神こと、クリフトが不思議そうな顔でこちらを見ている。
「クリフト!!」
「そろそろ目的地に着くみたいですよ。今回の出撃は、アクトさんとテリーさん、それにナマエと私とのことです」
「そうか、よろしく頼む。じゃあまた後でな」
スライムサワーを一気に呷り、テリーはナマエの頭をくしゃっと撫でると、ルイーダの酒場を後にした。テリーが立ち去った後の席にクリフトが座る。
「珍しい組み合わせでしたね」
「ええ、ほんとに……気疲れしました」
「テリーさん、ナマエに気があるのでしょうか」
「そんなわけありません。あったらもっと話がはずみます」
「楽しそうに話しているように見えましたが」
「クリフトの目は節穴ですか」
はあー、と大きく息をついてスライムサワーを飲む。
「節穴などではありません。同じ男だからわかります、興味のない方と自ら二人で話したりはしません」
「そうですかねえ……って、なんでテリーさんからいらっしゃったことをご存じなのですか?」
クリフトから声がかかった時には既にテリーがナマエの隣に座っていたので、どちらから近寄っていたかなんてわかりようがないはずなのだが。
「あ……いや、その」
クリフトがばつの悪そうな顔をする。
「実は、最初から見てまして。いや、たまたまなんですよ? 別につけてたとか、そういうわけではないのです」
「最初から見ていたんですか! なら早く声をかけてくれればいいものを!」
「いや、だって邪魔するのも悪いと思うじゃないですか!」
「別に邪魔じゃないですって! なんでそう思うんですか!!」
「ナマエがもしかしたらテリーさんのことを慕っているかもしれないと思ったら邪魔するのも憚れるではありませんか!」
「そんなわけないじゃないですか! いつわたしがそんなことを言いました!」
「ああもう! そんなの、私に言ってないだけでって思えば、わからないじゃないですか!」
「まあまあ二人とも、痴話喧嘩はその辺にしときな」
ルイーダの静止を受けて、二人は口喧嘩をやめる。
「ナマエもクリフトの気持ちを汲み取ってあげなよ。恋愛初心者なのかい?」
「なっ、確かに初心者ではありますが……別にわたしたちそういう関係ではないのですよ? ねえ、クリフト」
「そ、そうです! 別に私、ナマエのことを好きとか、そういうわけでは……」
「はいはい。せいぜいテリーに持ってかれないようにね。ナマエも、ゼシカにもってかれてからじゃ遅いんだからね」
ルイーダは意味深なことを残して仕込みに行ってしまった。残されたナマエとクリフトの間にはなんだか気まずい沈黙が漂った。
ゼシカに持っていかれる、か。考えたこともなかった。絶対にかなわない片思いを二人でアリーナにしているから、クリフトがほかの女性とどうこうなるなんて、頭の隅でも考えたことがなかったのだ、
ちら、と隣のクリフトを盗み見るとまんまとクリフトと目が合い、慌てて逸らした。元いた世界では考えたこともなかった。ゼシカだって、フローラだって、ビアンカだって、だれだってクリフトとどうこうなる可能性がある。尤も、フローラとビアンカには想い人がいるらしいので可能性は低いだろうが、それでもないとは言えない。
ずっと隣にいると思っていたクリフトが、いつどこに行ってしまっても可笑しくないという状況に急に気付いた。その瞬間、急速に寂しくなり、彼の存在が恋しくなった。
「ナマエは、テリーさんのことは別に好きではないってことでいいんですね」
「え? ええ、まあ……そういうクリフトこそ、ゼシカさんのことは?」
「とくには……」
「ふうん……」
知らん顔で仕込みをしているルイーダに、お互い恨めしい視線を送りつつ、気づき始めた気持ちをお互い持て余している出撃20分前。
