ココアみたいにあたたかい

 冬の寒い日が続く中、ナマエとクリフトはアリーナの命を受けて、サントハイム城の外で魔物たちの調査をしていた。最近、城の周りの魔物が強くなってきていると報告を受けたからだ。
 サントハイム城の兵士たちは強者揃いではあるが、そうはいっても実際に世界を旅して修行してきたナマエやクリフトのほうが強さは上だ。万が一のことがあっては困るので、信頼と実績のあるナマエとクリフトに話が回ってきたと言う訳だ。
 それにしても今日は特に寒さが身に染みる。ナマエは顔が埋もれるほどぐるぐる巻きにしたマフラーから、かろうじ出ている口から白い息を吐いた。

「しかし今日は寒いですねえ」

 先ほど退治した魔物の詳細を書き連ねながら、ナマエは言う。

「今日は今年一番の冷え込みだとか。日が暮れないうちに終わらせましょう」
「ですね。こんな日は、早く帰って、あったかいココアを飲むに限ります。ああ、なんだかココアが飲みたくなってきました」

 あったかい部屋。マグカップに入ったココア。口に含めば広がる優しい暖かさと甘さ。一日の疲れも一気に吹き飛ぶというものだ。

「ほらほら、ココアを飲む妄想をするのはいいですが、手が止まってますよ」
「おお、いかんいかん」

 ナマエははっと我に返り、文字を再び書き連ねる。が、困ったことが手がかじかんでなかなかうまく書けない。

「ダメですクリフト、寒くて手がかじかんでしまい、文字が書けません」
「全く。私が書きましょう」
「え、いいんですか?」
「最初からそれが狙いだったんでしょう?」
「ばれましたか。わっはっは」

 笑いながらクリフトにペンとノートを渡して、ナマエははあ、と手を暖める為に息を吐く。

「確かに強くなっている気はしますが、気にするほどではないような気もします」

 ナマエの言葉にクリフトは頷く。

「そうですね、これくらいなら問題ないでしょう」

 さらさらと文字を書き連ねるクリフトの横顔をちらと見れば、とても真剣な表情で思わずナマエは見とれる。

「継続して調査を続ける……と」

 文字を書き終えたらしいクリフトがふとナマエの視線に気づいて視線がかち合う。ナマエはなんだか気恥ずかしくて反射的に視線を逸らす。

「どうかしましたか」
「あっ、い、いえ別に」

 寒くて寒くて仕方ないのに、顔だけがなんだか熱い。

「ココアが飲みたいんですね。わかりましたって、今日のところはそろそろ切り上げますか」
「そういうわけでは! まあでも、そこまで言うなら仕方ないですね。帰りましょうか」
「はいはい。ああでも、このあと報告書を書きあげますからね。図書館でいいですか」
「ええー、ココアが飲めません」

 図書館は報告書をかき上げるのにもってこいの場所だが、飲食禁止の為ナマエは眉を下げる。

「では私の部屋で書きますか」

 心臓が跳ね上がった。それがクリフトにも通じたのか、クリフトが少し焦りを滲ませて言葉を続けた。

「い、いや、カフェとかのほうがいいですかね!?」
「別に! クリフトの部屋でいいんですけど!!」
「じゃ、じゃあ行きましょう」

 クリフトはナマエの手を取り、歩き出した。

「えっ、えっ、え……」
「今日は今年一番の冷え込みなんです! 先ほどから寒そうだったので!! こうすればあたたかいでしょう?」

 クリフトの顔を仰ぎ見れば、クリフトの顔は赤く、ナマエはそんなクリフトの様子を見てドキドキと高鳴るのを感じる。じわりじわりと繋がった手からぬくもりが広がる。それはココアみたいな優しいあたたかさだった。
 ナマエは気恥ずかしくて「でも」と言葉を続ける。

「魔物がいつ襲ってくるかもわかりません」
「そのときは、手を離します。けど倒したらまたすぐに繋ぎなおせばいいんです」
「は、はあ……」
「なんですか、たまにはいいじゃないですか」
「はい……ココアみたいに、あたたかいです」

+++

「ザラキ!」
「おお、珍しくザラキが効いてます」
「片手でも杖が使えれば魔物を倒せますね」

 珍しくザラキが効いてご満悦なクリフト。

「ザラキ! ザラキ! ザラキ!!!」

 次の魔物にはザラキが効かなかった。

「わたしにお任せください。メラゾーマ! はっ、温かい!!」
「ちょ! ナマエ! メラゾーマの残り火で暖まらないでください!」

 何の未練もなく繋いだ手を放してメラゾーマの残り火のもとに駆けて行ったナマエに思わず手を伸ばす。空を掴んだその手には虚しさが残った。