「あらら?」
これは、あそこの魔法学園の生徒がよく携えている教科書だった。屈みこんで拾い上げ、中身をパラパラと流し見してみると、やはりそこには想像したとおり魔法を使った絵だったり、唱え方だったりが載っていた。しかし、宝石店の目の前にこんなものを落としてしまうとは、妙な偶然もあるものだ。裏表紙を見てみると、名前が載っていた。知らない名前だった。(といっても、魔法学校に知っている人なんていないが)
「届けてあげますか」
丁度いまは休憩時間。魔法学園に行って、その帰りに昼食を取る時間くらいはあるはず。ナマエは教科書を片手に魔法学園へ歩いていった。お昼を食べに行くのであろう魔法学園の生徒たちとたくさんすれ違ったが、皆同じ制服を着ているため全く見分けがつかない。
“制服”というものを纏うと画一的に見えてしまう。自分がその制服を着ている姿を想像しようとしたが、できなかった。
(……どうせわたしに魔法はムリですよね)
適当なページを開いてみると、自分の髪の毛を一時的に伸ばす魔法があった。小さく呪文を唱えてみて、近くにあったショーウインドウで確かめてみるが、なんの変わりもなかった。少しでも期待し、胸を高鳴らせた自分が馬鹿らしくて、ため息をついた。
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魔法学園の先生は個性的な面々が多い。きっと魔法を教える先生というのはこれくらい個性が飛び出ていないと駄目なのだろう。どおりで自分には才能がないわけだ。
「ありがとうねお嬢さん」
「い、いえ」
赤毛が逆立っていて、身体に蛇のようなものが巻きついている。学園内をキョロキョロと落ち着きのない様子でいたら、声をかけてくれたのだった。
「ああ、私の目を見ちゃ駄目よ。石化されちゃうから」
「せ、石化?」
「私、バシリスクの血を引いているから。……それはそうと、この子なら今から私も用事があって向かうところですどうせならお嬢さんが渡してあげなさい。きっと、喜ぶわ」
「じゃあ一緒に行かせてもらいます……」
あながち嘘でもなさそうなバシリスクの血筋に引きつつ、先生の後に続いた。先生には蛇の尻尾のようなものがあってぎょっとしつつ、実は足も人間とは全然違って、むしろ竜の足のようなものであったことに気付いて、驚きすぎて逆にもう驚きがなくなってきた。
そんなこんなで先生の特徴に吃驚しているうちにいつの間にか講義室まできていた。
「ああ、いた、あの子です。青い帽子を被っている。お先にどうぞ」
「あ、ではお先に」
ぺこり、お辞儀をして言われた生徒のところへ向かう。彼は友達と楽しそうに談笑していた。そこのなかに割り込むのは少し勇気がいるが、「あの、」と思いきって声をかけてみる。
落し物くんは視線で自分を呼んでいることを気付いたらしく、「はい?」と応えた。
「これ、落し物です」
落し物くんの顔の目の前に教科書を突き出すと、合点がいったらしく、ああ! と声を上げた。
「ありがとうございます!! 探してたんです!!」
ナマエから教科書を受け取り、嬉しそうに笑った。
「お名前は?」
「ナマエです。それじゃあ、そろそろ」
「待ってください、お礼にお昼をおごらせてくれませんか?」
「あ、気にしないでください」
丁重にお断りするが、落し物くんはなおも食い下がる。
「気にします! 僕の恩人ですから!」
「……でも、あそこの先生に呼ばれてますよ。それにわたし、勤務中ですから、本当に大丈夫ですから」
「カシンジャ先生かぁ……わかりました。じゃあ、また機会がありましたら。ナマエさん」
「そうですね、では失礼します。今度から気を付けてね」
彼に背を向け、カシンジャにお辞儀をして講義室を出た後に、ポケットから懐中時計を取り出して時間を見てみると、意外にも時間は迫っていて、お昼を食べる時間はなさそうだった。急ぎ足で学園を出て、『ウェンデルの秘宝』へ急いだ。
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「おかえりなさい」
店に帰ると、アレクサンドルが朗らかに迎えてくれた。その笑顔に癒され、気持ちが穏やかになりつつ、「ただいまです」と変な言葉を言い笑った。
「さっき、お店の前に魔法学園の教科書があったんで届けてきたんですよ」
「へぇ……学園の生徒さんのもの、か」
「はい。魔法学園って変なところですねぇ」
ナマエはアレクサンドルの笑顔につられて朗らかな笑顔を浮かべながら、一連のことをアレクサンドルに報告したのだが、対するアレクサンドルはどこか曇ってしまった。
「?ど うかしました??」
「いや、その、……男?」
「ええ、男の子でしたよ」
今度は押し黙ってしまった。なぜこんなに不機嫌そうな顔をしているのだろう。何かまずいことを言ってしまっただろうか。
「あの……ほんとにどうかしましたか?」
「なんでもないです」
無意識なんだろうが、唇をとがらせている。本当にどうしたというのだろう。こんなアレクサンドル見たことがない。
「そうですか」
しかしアレクサンドルがなんでもない、というのなら、その言葉を信じるしかない。するとアレクサンドルはこちらを見て、声にならない悲鳴のようなものを上げた。(つまり顔だけ驚いていた)
「??」
「俺だって……いや、なんでもない」
「えっ気になります。なんですか」
「俺だってやきもちくらいやく! 以上!」
どーんと言い放たれてしばし呆然とする。しかし、いま彼はこういった。やきもちくらいやく、と。どきゅん、と心臓が縮こまる。ああ、大好きだ。すきがあふれ出しそうだ。
こんな些細なことでやきもちをやくなんて……なんてかわいい大人なんだろう。
「アレクさんっっっ!!!」
感極まってぎゅっと抱き着く。大好きな大好きなアレクサンドルの匂い。
「何百年も生きてるくせにごめん。でも、俺……」
「そんなアレクさんが大好きで仕方ありません!!」
仕事中だろうとなんだろうと関係ない。このかわいい大人が、大好きだ。
