ジョセフの隠し子がいた、そんな話題で今ジョースター家は大波乱を迎えている。生涯愛するのはスージーQただ一人、そう言っていたジョセフの言葉はもはや何の意味も持たないものになった。
空条承太郎28歳、M県S市杜王町に、ジョセフの隠し子であり、承太郎の叔父にあたる東方仗助を探しに向かうことになった。共に向かうことになったのは、ナマエ・ミョウジ。承太郎の祖父の祖父の家でメイドをしていたのだが、DIOにより冷凍保存されてこの時代を生きることになった女性だ。冷凍保存と言うのは推定だが、それ以外の方法が見当たらなかった。
DIOが死に、当初SPW財団で保護観察をする予定だったのだが、ジョセフの手厚い援助のもと空条家で引き取ることになった。ジョセフはしきりにニューヨークに連れて行きたがったが、ホリィが一緒に住んで色々教えてあげたいわ! と言うので、ジョセフは渋々了承したのだった。
前は何度も何度も日本に来ては、ホリィや承太郎、そしてナマエに会いに来ていたのだが、最近では年を取り、身体も自由が利かないからと言って殆どこなくなっていた。そして最近ではめっきり気も弱くなってきたのか、死期を悟り遺産を整理していたら隠し子の存在が明らかになったわけなのだ。
「ったく、なんでテメェもついてくるんだ。ジジィが殺人鬼アンジェロがいるかもしれねぇって言ってたのに、あぶねぇだろうが」
「ですが、承太郎様がいれば安心です。わたし、一度S市に行ってみたかったんです」
ナマエはいつものメイド服ではなく、私服を着ている。物珍しくてなんとなく承太郎はナマエのことを見てしまうが、ふといつもの如く違和感を感じて眉を寄せた。
「その承太郎様と言う呼び方をやめろと何度言えばわかるんだ。もうナマエはメイドでもなければ、居候でもない」
「そうですが……癖でして」
ナマエと承太郎はこの10年の間にめでたく結婚する運びになった。ジョースター家のメイドでもなければ、空条家の居候でもない。彼女は空条承太郎の妻になっていた。
「夢のようです、わたしがジョースター家の一員になっているなんて……天国のジョナサンさまが知ったらきっと、驚いて夢に出てきてしまうかもしれません」
ナマエと承太郎の結婚はまだジョセフには伝えていない。と言うのも、ジョセフの浮気騒動でいささかタイミングが悪いのだ。諸々落ち着いたら報告しようと思っているのだが、ジョセフの近年の様子を見ていると、もしかしたら報告してもすぐに忘れてしまうかもしれない。逆にこれが起爆剤となり、往年の精気を取り戻してくれればいいのだが。
それにしても、だ。相変わらずナマエの口からは何かあればすぐにジョナサンのことだ。前はDIOのこともよく喋っていたのだが、DIOのしたことを知って、一切喋らなくなった。
『DIO様……そうですか』
すべて悟ったようにナマエは悲しく微笑み、頷いた。それからナマエはもうDIOのことは一切口にしていないが、承太郎はあの時のナマエの表情が忘れられないでいる。ジョナサンとナマエ、DIOとナマエ。承太郎の知らない世界で、彼女たちは生き、その歴史を刻んできたのだ。それをまざまざと感じさせられた。承太郎からしたらDIOは宿敵で、絶対悪だ。けれどナマエにとってはたぶん違う。
つまり、承太郎はつまらない嫉妬をたまにしてしまうときがある。今もそうだ。けれどそんなみっともない感情を承太郎は認めない。
「……で、昼に何を食べるか決まったのか?」
「はい! もう、杜王町ウォーカーを隈なく見たのですが……」
ナマエはカバンから杜王町ウォーカーを取り出し、慣れた手つきでパラパラと開く。かなり見尽くしているのだろう、付箋がたくさん貼ってある。その中の1ページを見つけ、楽しそうにそのページを承太郎に見せつける。
「ここです! やはりS市杜王町と言えば、牛タンのみそ漬けが名物! ということで、杜王グランドホテルの牛タンのみそ漬けを食べたいです」
「えらい読み込んでるな」
「はい! 承太郎さまとお出かけできるのが楽しみで、毎日読んでます」
杜王町ウォーカーを胸に抱え、楽しそうに言った。
「ほう……おれと出かけるのが楽しみだったのか」
「? ええ、そうですよ」
新幹線は二人を乗せて目的地まで運んでいく。
「だって承太郎様とデートするの、久々ですから」
「……海洋調査も実施したいから、そのつもりでな」
「わかりました。お供いたします!」
屈託のない表情で言うのだから、承太郎は思わず力が抜けてしまう。正確な年齢は割り出せないものの、自分よりも年上であることは間違いない彼女は時折少女のような顔を見せる。きっとこういった所をDIOはひたすら彼女に求めていて、百年の時を超えても共に生きたいと願ったのだろう。
「子作りもするから、そのつもりでな」
「わかりました。お供……え!?!?」
ぼわん、と湯気でも出そうなくらい顔を真っ赤にしてナマエは承太郎を見た。そんな様子を見て承太郎は喉の奥で笑う。
「冗談だ」
「も、もう、吃驚しました……」
「罰だ」
「えっ、なんの罰ですか?」
「うるせぇ」
―――生涯愛するのはスージーQただ一人、か。
「ナマエが嫌がろうが、やっぱりジジィのジジィが好きだなんて抜かそうが、ナマエを離すつもりはないから、そのつもりでな」
「は……はい。ありがとうございます」
生涯愛するのはナマエだけだ、なんて柄にもないことが頭に浮かんできて、承太郎は顔をしかめた。ジジィめ、とここにはいないジョセフの顔を思い浮かべた。
