「承太郎様、おかりなさいませ」
「その呼び方をやめろと言っているだろ」
そう言われましても。とナマエは眉を下げて、言葉を続ける。
「わたしはメイドでございますので」
「それはジジィのジジィの時の話だろ」
玄関で自分を出迎えた自分よりも幾分も背の低いメイド着を着た女性、ナマエ・ミョウジは承太郎の祖父の祖父の代の時のジョースター家のメイドであった。とは言えそれは遥か昔の話である。この空条家のメイドではないことは確かだ。承太郎はやれやれだぜ。と零す。
「今日もきちんと学校に行かれたのですね」
承太郎の言葉を軽く流しつつ、ニコニコと微笑みながら承太郎から学校のカバンを受け取る。それはもはや自然の流れで、承太郎も自然とカバンを差し出していた。
―――DIOの館で呑気に掃除をしていて、ジョースター一行の登場に訳が分からないといった様子で迎え入れたこのメイドをSPW財団が保護した訳なのだが、その時、承太郎を見たナマエと言うこのメイドは目を見開き、驚愕を湛えた。
『ジョナサン様……』
暫しの沈黙ののち、震える声でそう呟いて、ほろほろと涙を流した。まるで涙のコントロールをしているスイッチが壊れてしまったように止めどなく、ただただ涙が零れ落ちていった。
彼女は恐らく、DIOが吸血鬼の力を使い何らかの形で彼女を封印したのだと推測した。そして共に時を超えて封印を解き、この時代を共に過ごしていたのだろう。にわかには信じがたいが、DIOの吸血鬼の力、様々なスタンド能力を見ている承太郎たちからすれば、あり得ないとも言えない話だろう。真相はDIOのみが知るが、もう彼はこの世にはいない。
当初、SPW財団で引き取り、保護及び観察をする予定であったが、その様子を見たジョセフが予定を変更し、空条家で引き取り、保護及び観察をすることになった。
今日もナマエは空条家でホリィとともに和やかな一日を過ごしていた訳なのだが、高校から帰ってきた承太郎の姿を見ると、冒頭のように承太郎のことを呼び、承太郎からぴしゃりと言われた訳であった。
「話を逸らすんじゃあねえ。おれのことは呼び捨てでいい」
「そういう訳にもいきません! ジョナサン様のご子孫様に、敬称をつけないなんて、天国でジョナサン様に顔向けできません」
ジョセフが言うには、ただならぬ関係であったという、ナマエとジョナサン。ただ、情報源がジョセフであるため、ある程度脚色されている可能性があるのは否めない。なんでも、ジョセフの祖母、つまりジョナサンの妻が言っていたというのだが、真偽は分からない。
とは言え、承太郎には関係ない話だ。
「うちは空条家だ。ジョースター家じゃあねえんだぜ」
「けれど、ジョースター家の血が流れております」
「……チッ。聞き分けが悪い女だぜ」
ため息交じりに呟いて、自室へ歩きだした。ナマエは靴の向きを揃えると、いそいそと承太郎のあとをついて行った。
「承太郎様、緑茶でよろしいですか?」
承太郎の部屋につき、ナマエは荷物を所定の場所に置くと尋ねた。
「だから、その呼び方をやめろと言ってるんだ」
「ただいまお持ちいたします」
肯定と取ったナマエは、にこやかにキッチンへ向かったナマエの後姿をちらっと横目で見つつため息をつき、被っていた学帽を深いものにした。
程なくしてナマエが急須と湯呑をもって承太郎の部屋に戻ってきた。日本にやってきた当初は急須の使い方が全く判らなかったナマエだが、すぐに緑茶の入れ方を覚えた。慣れた手つきで湯呑に緑茶を注ぐ。
「では失礼いたします」
「待て」
承太郎が呼び止めると、ナマエは、はい。と返事をし、立ち止まった。
「ジジィのジジィはいったいどんなやつだったんだ」
「ジョナサン様ですね!?」
ナマエの目がキラキラと輝いた。
「それはもう、素敵な方でした! 太陽のように暖かく、周りに力を与えてくれる方で……。ジョセフ様の若いころの写真を拝見させていただいたのですが、本当にそっくりで驚きました。性格は、全く違いますけれど」
そう言って目を細めて笑った。ジョナサンの話をするときのナマエは本当に生き生きとして、幸せそうなのだ。承太郎の視線に気づいたナマエは自分が発していた熱に気づき、はにかむ。
「すみません。なんだか」
「別にいいぜ。おれが聞いたんだからな。確か、ジジィに似てるって言ってたな。おれには似ているのか」
「そう、ですね」
ナマエの目が承太郎を通してジョナサンを見ていた。目の前の承太郎と、その奥にいるジョナサンは重なったらしい。ナマエが頷いた。
「やはり似ていると思います。……けれどやはり、承太郎様は承太郎様です」
「ほう」
なんとなく、だが、面白くなかった。自分の奥にいるジョナサンが。ジョナサンをじっと見つめて熱を帯びるナマエが。自分が生まれるもうずっと前に生きていた人だっているのに、寧ろ自分の祖先だというのに。
「ナマエ」
「はい?」
承太郎はナマエとの距離を縮めて、じっと見つめる。ナマエが不思議そうに数度瞬いた。
「おれだけを見ていればいい」
「へ……?」
「てめえはこの、空条承太郎だけを見ろと言っているんだ」
ナマエの肩に手を置けば、わかりやすく肩を震わせ、また瞬く。
「う……見ています、承太郎様だけを」
「ならいいぜ」
「望んでいただけるなら、ずっとお傍にいます」
承太郎は少し驚いた顔をしたが、次の瞬間には口元を釣り上げた。初めて見る表情に、ナマエの胸が高鳴るのを感じた。
「それならずっと傍にいろ」
「います……」
満足したように承太郎はふらっと自室を出ていった。縁側で煙草でも吸いに行ったのだろうか。
取り残されたナマエは頬に手を添えてその熱を確かめれば、熱かった。困った、このDNAはどうやらジョースター家のDNAには抗えないらしい。暫くして漂ってきた、承太郎の煙草の匂いが、ナマエの身体をまた熱くさせた。
