伝わらないでほしかった。もしも、幼馴染と言う関係すら危うくなってしまったら、ナマエと自分をつなぐものは脆くも崩れ去ってしまう。だから自分の気持ちを伝えたくはないし、伝える気もない。
はずだった。
でも、4主とナマエを見ていると、言いたくて言いたくて、いてもたってもいられない衝動が襲うのだ。目に見えない何かが「言ってしまえ」と自分の体を突き動かそうとする。恐ろしい衝動だった。気持ちが肥大しすぎて、もう自分の胸にとどめて置くことが困難になってきているのかもしれない。吐き出して、楽になれたらどれほどいいだろうか。それができないのは、……なぜ?
これからも幼馴染としてありたいから?
―――違う。これはきっと建前だ。本当に幼馴染としてありたいなら、言いたいなんて絶対思わない。
では、なぜ?
―――怖いからだ。伝えて、拒絶されるのが怖いからだ。それはきっと、4主と付き合ってしまうことよりも恐ろしい。自分自身を拒絶されると言うのは、そこの見えない恐怖のように思えた。
それでも伝えたいと願う、この気持ちは一体?
自分を拒否されることも嫌だが、4主に渡したくない。という我侭な気持ちなのだろうか。
「クリフトさん」
「……ミネアさん?」
宿屋のウッドデッキでぼんやりと物思いにふけっていたのだが、そこへミネアがやってきた。クリフトの向かい側に座って、「いい景色ですね」と景色に視線を馳せながら微笑んだ。「ええ」と、クリフトも頷いた。少しずつ夜の気配が濃くなって来るのに比例して、町に住む人達がどんどんと家の外に出てとても楽しそうにしている様子がそこかしこに見受けられる。
そんな町の様子に目を馳せながら、ミネアはぽつりと言う。
「まだ、迷っているようですね」
ミネアの指していることは、ナマエとのことだろうということはすぐにわかった。
「怖いんです。笑ってしまいますよね。ナマエに気持ちを伝え、拒絶されることがとてつもなく怖いんです」
「そうですね。人は誰も、傷つきたくなどありませんから」
「でも、伝えたいとも願ってしまうのです。4主さんに渡したくないとも。……支離滅裂です」
「人の感情なんてそんなものです。論理的に説明できないから、それを感情と呼べるのです」
ミネアの言っていることはとても難しくて、とても同世代とは思えなかった。彼女はここに存在しながらも、実態は遥か彼方にいるのではないかとも感じた。
「いいですか、クリフトさん。傷つくことを恐れてては何も始まりません。何を始めても、始めなくても、きっと何かを失ってしまいます。どうせ失うのならば、最善を尽くしませんか」
傷つくことを恐れてては何も始まらない。確かにそのとおりだった。ミネアの言葉は説得力があり、クリフトは呆然とした。
ここでクリフトが行動を起こしても起こさなくても、結果は決まっているかもしれない。ナマエは4主が好きで、結ばれるという運命。けれど万が一にもクリフトにも可能性があるのならば。行動を起こすのならば、今、ここで、ではないか。
そうだ。
自分の気持ちを嘘で塗り固めるのもやめた。
傷つくことから逃げるのもやめた。
たとえ傷ついても、たとえだめでも。
「ありがとうございます。ミネアさん」
「いえ。頑張ってください」
最後に優雅に微笑んで、ミネアは席を立った。
「届かなくてもいい」なんて嘘
(ようやく真正面から君と向き合えそうなんだ。)
