実は、ゾーラのプリンセスであるルト姫が、太古よりゾーラの守り神であるジャブジャブ様に飲み込まれてしまった。そのジャブジャブ様はどうやらガノンドロフがここゾーラの里にやってきてから様子がおかしくなってしまい、ルト姫を飲み込んだのもその異変と関係があるのではないか。
そう語ったのは、キングゾーラ。ゾーラ族の王で、他のゾーラ族と違って随分と身体が大きいのだが、足はとても細い。その巨躯に真紅のマントをかけていて、ちょこん、と玉座に座っているのがとても可愛らしい様子だった。
案内された玉座の間でキングゾーラに謁見し、一通りこの里の事情を聞いたところで、リンクが得意げな顔をしてキングゾーラを見上げた。
「よーし、じゃあこういうのはどう? 俺がルト姫を助けるから、そしたらゾーラのサファイアをくれないか?」
ダルニアとの一件で交渉上手になったリンクが提案すると、キングゾーラは「ううむ」と逡巡するも、
「背に腹は代えられん。お願いするゾラ。ではジャブジャブ様にこの魚のお供えすると口を開くゾラ。そうするとジャブジャブ様の中に入れるゾラ」
リンクの提案に乗ってくれた。キングゾーラが瓶に入った魚を手にもつと、傍に控えていたゾーラ族がそれを受け取り、リンクに手渡した。
「わかりました、ありがとうございます」
ナマエは礼を告げて、それからそのゾーラ族の案内でジャブジャブ様の住まう泉までやってきた。ジャブジャブ様の姿はとても巨大な魚のようだった。絢爛な装飾が施されていて、守り神として崇められているのが分かる。
「でっけー!!」
ジャブジャブ様の目の前にやってきて、その巨躯と対峙したリンクの目がぎらぎらしているのは、水面の光が反射しているだけではなさそうだ。ナマエからすればこれからこのジャブジャブ様に飲み込まれると考えるとつい身構えてしまうが、リンクはそうではないらしい。
「……じゃあこの、お供え物をジャブジャブ様に供えようか。えい」
ナマエは瓶に入った魚をジャブジャブ様の前に落とすと、魚が浅い水辺で足りない水を求めてピチピチと跳ねる。するとジャブジャブ様は大きく口を開いて息を吸い込んだ。途端、ふわりと足が地面から離れて浮遊感に包まれる。吸い込まれている、と本能で察する。覚悟はしたとは言え、実際にこの大きな守り神に飲み込まれるとなるとナマエの心は恐怖一色に塗り替えられる。
「わわわわわー!!! リンク―!!!!」
「ナマエー!!」
必死にすぐそばにいたリンクに縋るように触れようともがき、リンクもその手を伸ばしてくれたのだが、努力虚しくナマエとリンクはそれぞれジャブジャブ様のおなかの中へ吸い込まれていった。
「……ううう……痛い」
「ナマエ、大丈夫?!」
ジャブジャブ様の体内の取り込まれて何度かバウンドしながらも漸く落ち着いて降着できたようだ。ジャブジャブ様の中は存外柔らかかったとは言え、何度も全身を打ち付けるとやはり痛い。半身を起してポツリと泣き言を言えば、リンクがすぐに駆けつけてくれた。
「リンク! 大丈夫だよ」
リンクのこういう真っ直ぐで混じりっけのない優しさがナマエは好きだ。ナマエもリンクの姿を見た感じ、彼も目立った怪我はなさそうだ。どうやら二人とも無事に体内に入ることができたようだ。リンクは無事を確認すると、立ち上がった。
「ジャブジャブ様の中にはいれみたいだな、ルト姫を探し出そう」
差し出された手をとって、ナマエも立ち上がった。ジャブジャブ様の体内は、平らな地面と違ってぶよぶよしていて歩き辛かった。
「よっと、おっと」
あれだけ大きな身体なのだから、中は相当広いだろう。ナマエは両手を広げてバランスを取りながら、一歩一歩集中して進んでいく。
「……ねえナマエ」
「んー?」
「今日はいいの?」
「なにが?」
主語のないリンクの言葉を聞き返しつつも、歩くのに集中しているため視線は足元のままだ。コツを掴んできて、少し楽しくなってきたというのもある。
「だから、今日はいいのって」
相変わらず主語のないリンクの言葉に、ナマエは顔を上げてリンクの表情を窺う。なぜか不機嫌そうな顔をしていて、ナマエはキョトンとする。
「だから、何がー?」
リンクの言いたいことがよく分からなくので、聞き返すしかない。するとリンクはポツリと呟きを落とす。
「こないだはしたじゃん。……やっぱいい」
「……なんで不機嫌になっちゃったのー?」
「別に」
リンクは明らかにぶすっとして拗ねている。けれどそんな様子も可愛いな、と思ってしまう。理由はわからないけれど、何か気に食わないことがあるらしいし、それを口にするのは嫌らしい。
「ほんとにどしたのーってうわっ!!」
彼の機嫌の機微に意識が流れてしまい気が抜けていたからか、足を取られてバランスを崩しそうになり、慌てて近くにいたリンクにしがみついてしまった。
「危ないなーまったく。俺が近くで支えてないとナマエは駄目なんだから」
リンクがふにゃっと表情を崩して笑った。一瞬で機嫌が治ったらしい。
「あれ、なんだか嬉しそう」
といってナマエがリンクから離れると、リンクの顔が一変して驚愕を湛えた。それでなんとなく察しがついた。恐らくリンクは、前のドドンゴの洞窟で手を繋いだのに、なぜ今日は手を繋ごうと言ってこないのだろう、てなところだろう。相変わらず可愛い少年だ。それならば、とナマエは口を開く。
「ねえねえリンク」
手を繋ぐ? と提案しようとしたところで、悲鳴が聞こえてきた。二人は一斉に悲鳴のした方を見る。
「いってみよう」
リンクはパッとナマエの手を取ると、急ぎ足で悲鳴のもとへと向かう。するとドーム状の空間に出た。そこではルト姫らしきゾーラ族の子が尻もちをついていて、そのルト姫の視線の先にはクラゲを邪悪に進化させたような大きな魔物がいた。ナマエは思わず息をのむと、リンクは手を離し、ナマエの前に躍り出て庇うように腕を広げる。
「待っててナマエ、俺があの子を連れてくるから」
「う、うん、待ってる!」
毎度毎度思うが、こんなにも守られるだけの存在でいいのだろうか。リンクは果敢にも魔物に立ち向かっているというのに、自分は何もせず比較的安全な場所でただ見ているだけだ。せめて何かリンクの役に立てるようなことができればいいのに、それができないのが歯痒い。
「……頑張れ」
だからせめて、応援の言葉を紡ぐ。ナマエの視線の先で、リンクは尻もちをついていたルトと思しきゾーラ族の子を背負い、こちらへと戻ってきた。
「ナマエ、頼む」
「うん! 頑張って!」
リンクは二カッと笑みを浮かべると、今度は魔物へ向かっていった。ナマエはゾーラ族の子と向かい合い、尋ねた。
「あなたはルト姫さま?」
「何者じゃお主ら! わらわはゾーラのプリンセスのルトじゃ」
やはり彼女はジャブジャブ様に飲み込まれてしまったルトらしい。ルトは先程ゾーラの里で見たようなゾーラ族とは少し容姿が異なっていた。彼女がまだ子どもだからなのか、それとも女の子だからか、はたまた王族だからか分からないが、頭から伸びた尾ひれは彼女にはなく、丸みを帯びていた。
ひとまず彼女を安心させるためにナマエは自己紹介を含めて経緯を説明する。
「わたしはナマエ、あの子はリンク。わたしたちはお父様に頼まれて、あなたを助けにきました」
「たすけ? わ、わらわはそんなことたのんでおらぬぞ!」
「ルト姫は頼んでないかもしれないけど、みんな心配してるんです。ですので、帰りましょう」
「……いやじゃ」
「なんで!」
ポツリと零れ出た言葉は拒絶の言葉で、まさか拒まれるとは思わなかったナマエは素っ頓狂な声を上げた。ルトは視線を落とし、首を横に振る。
「どうしてもいやじゃ」
「どうして? 何か理由があるんだよね。話してみて?」
最初は敬語を使っていたが、自然と敬語が抜けてしまって子ども語りかけるような口調になってしまった。ルトはそのことについて気にすることはなく、けれど理由を話すわけでもなく押し黙っている。どうやら話すことを迷っているようだ。しかしナマエとしてもルトをこのような場所に置き去りにできないし、打算的ではあるが、水の精霊席がかかっている以上、なんとしてでも彼女をキングゾーラの元へ送り届けたい。ルトはナマエの促すような視線に根負けし、嘆息すると、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。
「……実は、亡き母上がわらわにくださった、わらわのふぃあんせにあげる、えんげーじりんぐがあの怪物のところにいってしまったのじゃ。あれは大切な宝物で、どうしても取り戻さなければならぬのじゃ」
だからルトはあの魔物から取り戻すためにここに残っていたのか。しかし逆に言えば、えんげーじりんぐを取り戻せばいいということだ。
「なあるほど。それじゃあ、あの怪物を倒して、取りに行こう。きっともうすぐリンクが退治してくれるはず」
といってリンクのほうを見ると、ちょうどリンクが止めをさしたところだった。クラゲのような魔物の触手が一度ピンと天に向かって伸びたかと思いきや、力なく落ちていき、鱗が剥がれ落ちるように魔物を形成していた肉体が消えていった。
「探しにいこう!」
ルトとともにリンクのもとへ向かう。ルトはえんげーじりんぐを探し始めて、ナマエはリンクの無事を確認する。
「怪我はない?」
「大丈夫だよナマエ、どうだった俺? かっこよかった?」
「うんうん、かっこよかったよ」
と言いつつも実は全然見ていなかったのだが、得意げなリンクを見るとついつい煽ててしまった。
「あったぞら!」
ルトはえんげーじりんぐを見つけたらしい。それを掲げると、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。リンクが首を傾げる。
「なにがあったんだ?」
「えんげーじりんぐ、だって」
えんげーじりんぐは青いサファイアのような宝石が3つあしらわれていた。「えんげーじりんぐ?」というリンクの問いは、ルトがやってきたことにより流れていく。ルトはえんげーじりんぐを大切そうに胸元で包み込めば、きりっと表情を引き締めた。
「そのほう、ようやったな。褒めてつかわす」
「えんげーじりんぐ取り戻せてよかったね。さあ、父さんの所へ帰ろう?」
にこっと微笑んだリンクの顔に、ルトがしばし見惚れる。人が恋に落ちる瞬間を初めて目の辺りにしたかもしれない。それくらい分かりやすく、ルトの目は、表情は、がらりと甘い匂いが香るような恋する表情に変わったのだ。
「……そなた、なかなかいい男じゃな」
「わたしもそう思う」
心なしか少し顔が赤くなっているルトに、ナマエはしみじみと同意する。
「まさかナマエのふぃあんせか?」
「はは、まさか! 違うよ」
ナマエは軽快に笑い飛ばす。ふぃあんせ、という言葉の意味を知らないリンクはきょとんとしている。
「ならばよい、これをそなたに授けよう」
「え? いいの!」
これ、とは即ち、えんげーじりんぐのことだ。差し出されたその宝石に、リンクが驚く。ルトはこくんと頷いた。
「これは水の精霊石……ゾーラのサファイアと呼ばれておる」
「水の精霊石!? ありがとう、ルト姫!!!」
えんげーじりんぐの正体が水の精霊席だとわかった瞬間、リンクは喜色を湛えて水の精霊石を受け取った。青く静かな煌めきを讃えるその宝石は、まさに水を司る種族にふさわしいものだった。
「はやく迎えにくるのだぞ、まっておる」
「よく分かんないけど分かった!」
晴れてリンクはルトのふぃあんせになった訳だが、勿論リンクは何のことやらわかっていない。調子よく返事をして、もと来た道を歩き出した。
貰うだけ貰って行ってしまうのも、若干詐欺紛いな気がしつつも、なにはともあれ、精霊石が三つ揃ったのだった。
無事に戻ったルトが、「ゾーラのサファイアならあげてしまったぞら」と告げ、喜びも束の間キングゾーラが卒倒しかけたのはまた別の話だ。
